細胞 | SHOUT PIT

細胞

人は一つの細胞である。

 

「人類」という大きな生物の一つの細胞である。

 

 

古い細胞から新たな細胞を生み、

新たな細胞は受け継いだ情報を元に営みを始める。

その伝達が間違えば困ったことになる。

 

が、まあ、少数であればなんとかなる。

その為の数である。

 

数とは厭らしい言い方に聞こえるかもしれないが、

僕には安心の材料でもある。

一人あたりの価値が減るのかもしれないが、

一人あたりの責任も減るのだから。

 

 

一つの大きな「人類」を生かすのが我々の仕事である。

 

 

「意味」も「自分」も何もない。

ルーティンで当たり前なのだ。

何億年、ルーティンを繰り返してきたというのだ。

 

思うままにやりたいことがあるならやったらいい。

今までの仕事さえやっていれば追加するのは勝手なのだ。

 

 

僕らの細胞としての営みは生むことだけではない。

「維持」「発展」も立派な仕事だ。

 

 

ゴキブリは毒の耐性を作る為に多くのタンパク質を必要とする。

そうすると子供の数が少なくなってしまう。

しかし、生まれた子供は毒に強い個体になっている。

 

が、この世の危険は毒だけではない。

折角作った毒耐性個体も天敵に食べ尽くされてしまっては意味がないのだ。

 

そこで耐性を敢えて作らない個体も存在する。

その個体はどんどん子供を生む。

 

沢山生む者。今までの正攻法を進む者。

新たな問題を解決しようとする者。

 

僕はゴキブリに関してこのエピソードが一番好きだ。

 

 

そうやって、多くの個体で助け合い、蹴落とし合い、

より強い個体が生き残る。

 

そうやって僕らも生まれてきたのだ。

多くの精子が争い合った果てに、僕らが生まれたのだ。

 

 

 

 

僕は「負け」というものに違和感があった。

どんなに人に「負け」と言われても「そうか」としか思わなかった。

 

だが、

 

自分の心の中で「負けた」と思った瞬間に

「敗北」の意味を初めて知ったような重みが体を押しつぶした。

 

 

「負け」とは、「負けた」と思った時に、「負け」なんだ。

 

 

そして「負けた」個体はより強い個体の礎となって終わる。

勿論、それもまた強い個体をより強くした礎なのだ。

恥じるものは何も無い。

勝った強個体もまた、さらに上の個体の礎となるのは決定事項なのだから。

 

 

どんな手段を使ってでも生き残る。

これがこの世界の唯一のルール。

 

 

社会。法律。暗黙のルール。

こんなものはすべてそのルールの派生に過ぎない。

 

 

強い爪を持たない人間は数と連携で生き残る術を編み出した。

その中で生きる為のものに過ぎない。

あくまで根底にある絶対のルールは「生き残る」ことなのだ。

 

 

肉体が、名前が、思想が。

「残れば」それが勝利だ。

 

それを得る為に周りも無意識に躍起になっている。

 

 

陰気で人とコミュニケーションをあまりとらない、

或は上手くないものを煙たがり追い出そうとする行為は

ある意味で生き残る為の本能的な行為。

 

しかし陰気な人間も考えた。

それを「いじめ」という反社会的行為として封じようとしている。

 

 

善も悪もない。理不尽も何も無い。

どっちが勝ったって、拮抗していったって。

それはただの闘いなのだ。

 

 

勝つことに意味がある。

結果が出なければそこに意味を付けることもできない。

 

 

我々は細胞として、この世界で闘い助け合っている。

 

目的はただ一つ「人類存続の為」

 

 

 

この世はどんな手段を使ってでも生き残るゲーム世界。

殺し合ってもいい。殺し合わなくても良い。

助け合ってもいい。裏切ってもいい。

なんでもいい。ただ、生き残るゲーム。

 


適応して、進化して、維持して、伝達して。


それが生きるってことなのかもしれない。