私の10代って本当におもしろかったのです。パンクロックに影響されライダースジャケットに鋲を沢山打ってモヒカン・・みたいな感じでした。
今はファッション的な物は変わりましたが考え方、思想は当時と同じで権力者が嫌い。当時の敵は高校の先生。毎日のように髪型で叱られ殴られみたいな感じで過ごした高校時代でした。男子校だったので先生の暴力が半端じゃない。竹刀で頭を殴られて割れてしまいそのまま病院に連れて行かれ縫う羽目になって病院の先生に「これどうしたの?」と聞かれ答えようとすると高校の先生が「転んでしまって」私は・・・・・。それが高校を入学して三カ月目の出来事。それから学校に父親が呼ばれて説教、と言いたいところですが父も教師。私に教育してくれたのも父親。父と高校の先生は「表現の自由」で論争、父の経歴は依然どこかに書きましがまともに口論して勝てるはずもなく去り際にこう言われたそうです。「お宅の息子さん預かってるのは私たちだから」まるでヤクザ顔負けの台詞を父に吐いてしまい父はそのまま教育委員会に。次の日から暴力先生はいなくなってしまいました。私は父に権利の主張を教わりました。当時の私には権利?主張?と何を言っているかサッパリ分かりませんでした。(今になってようやく分かったくらいです。)
一方、私の遊び場はいろんな人達のたまり場でPunk仲間、ロックンローラー、小指の無い方たち、家のない人たち、障害を持っている人達、チーマー、バイカー、ゲイの人達etc, と色々な人達と知り合う機会ができました。これだけ書いてしまうと大体、場所の特定は・・・。
ここは今はなき場所ですが不思議な国でした。ある時15才の私にゲイの方がお店に遊びにおいで、と言われ何も怖くなかった年ごろの私はお店に行き見たことのない世界を堪能させていただいたり、ノーパン喫茶に連れて行ってもらったり、段ボールハウスに泊めてもらったりと色々な経験をさせていただきました。ところがある時、石原慎太郎にそのコロニーは潰されてしまいました。東京五輪のために。あれ?今、東京オリンピックってやってました?
私は表現の自由、愛の自由、若さゆえの行動、生まれつきの障害etc・・・・・・・・・・。今の社会は不自由の中の自由の欠片で・・・・。
いつものドラム動画です。