Waiveが、再びステージに立つみたいで。
私は、Waiveの存在は知っていても、音楽は知らないし、その音に触れてみたいと思う事なく、今日に至ります。
ベーシストである高井淳さんのブログを閲覧するようになって、もう1年くらいになるかな…。
切っ掛けは単純な話。
KOHTAと接点のある人だから。
それが切っ掛けで、それだけの理由だった。
でも不思議な事に、今の彼に抱く思いは、それだけじゃない気がする。
説明は出来ない。
彼を語るには余りにも無知過ぎる。
でも、私は毎日…
いや、マメに彼のブログをチェックし、綴られている言葉を噛み締めながら読んでいる。
それが全て。
Waiveの解散劇なんて知らない。
だから今回復活ライヴが発表されても、その重さも意味も必要性も、皆目見当がつかないのが正直な気持ち。
ただ、私はWaiveとは違う、別の解散劇を目の当たりにした。
ある日を境に、目の前の景色が一変した。
真っ赤な花、澄んだ青空、芽吹く新緑…
全てが黒く染まり、見えている物が歪んでいる事にすら違和感を感じなかった。
記憶の色も思い出せず、全てがモノクロに映っていた。
…深く胸を抉られた一日だった。
置き換えて考える事など、出来るはずもない。
それでも私には、置き換える事でしか、この復活劇の重さ、意味、必要性は考えられなかった。
複雑…
いや、複雑にしているのは私自身が抱く願いや想いなんだと思う。
諦めの悪い私が、一度切りの復活劇では満たされない…
今よりもっと、あの5人のステージを渇望してしまう現実に怯えているのだ。
今でも愛しているPIERROT。
そして今、愛しているAngelo。
歯止めの利かない愛に自分が飲み込まれてしまわぬよう、私は過去に笑って手を振りたい。
今再び刻まれるWaiveのステージは、きっと素晴らしい景色になるに違いない。
“あの日”失った鮮やかな光は、今もこの胸で輝き続けているはずだから。