TAKUROがゲストに出てた。
再放送…か分かんないけど、チャンネルを切り替える事も出来ず、観ました。
私はGLAYに寄り添って生きた事はないけど、何年もこの音楽業界で、バンドというものに拘って、ずっとこの4人で突き進んで来た…
私の知っている、いつも寄り添って一緒に生きてきた人達と、やっぱり重ねて見てしまいました。
ただ…
GLAYみたいに、ある壁を乗り越え、吹っ切る事が出来ていれば、今でもあの5人の音楽が聴けていたのかな…なんて事は思わなかった。
壁を乗り越えたその先に、今のこの世界が広がっていたんだ。
あの5人が決めた事だから…
別に、もういいよ。
そんなとこは、覆したいとも思ってないし。
でもさ、GLAYってバンドに対する想いだったり、信念だったり、未来だったり、色々TAKUROが語ってたけど…
キリトにも、沢山語って欲しかったなぁーって。
語らせてあげたかったなぁーって、それは素直にそう思った。
それはそれ、解散は解散、AngeloはAngeloって解ってる。
解ってるけど、繋がっているものを無理矢理断ち切ろうとする事は…
逆にその方が不自然で、寒気がする。
桜を見て、「薄紅の欠片」を思い浮かべる自分。
「ラストレター」を蘇らせる自分。
“最後の野音”を瞼に映す自分。
どの自分も、一本の線で繋がってる。
だから、一部分だけを抜き取ったり、消そうとしたりは出来ないんだよ。
まぁね…
こうやって話す事自体、未だに縛られてるように見えるから嫌なんだけど、私は自分の中で納得できた事しか、“過去のもの”として捉えられないから。
納得出来てなかったら、例えそれが1年前の出来事だったとしても、私にとっては“今のもの”として向き合う事になる。
未だに…という、正に過去に縛られた今を生きる事になる。
PIERROT解散は過去のものでも、PIERROTの音楽は過去のものではない。
なぜなら、音楽は生き続けるものだから。
人の心の中に根を生やし、どんな時でも、いつでも息づいてる。
…だから「ラストレター」を口ずさむ自分がいるんだよ。
息づいてるんですよ、マジヤバな音楽が…ね?θ(-ε+ )~♪
