敗北、連絡が取れなくなった程度では、友人を失ったとは言えないという事実が、どうしても心に定着しないだけであったという、現実の冷ややかさだと気付くまで、時間が掛かっただけである。
道端で佇む老人を見てそう感じた。
連絡がとれないとはいえ、私は連絡が取れて、現在接している友人よりも、大切に思っている友人は確かにいる。
そう考えれば、友人の死から立ち直れなかったあの四年はなんだったのだろうか、と、地獄や天国の存在を、過去の五月蝿い程の世間の刷り込みにより信じている私としては、そう悔い改めるように考えさせられてしまう。
だがこの陳腐で救われない思想は、埋葬する事にした。
そうでなければ、あの悲しんだ私の四年間は報われはしないだろうから。
この前向きな思想は、何にせよ、私には似合わない。
深い絶望が私を育てたようなものだ。
それを乗り越えたからこそのものだ。
・・・だが、そうすると、成長が止まるのだろうか。
はあ、だがまあ、今はどうでもいい。
知ったことか、と、クラシックが脳髄を支配して心地良い疲労感に包まれ意識は途切れた。