色神異常者は受験不可 | 日常的考察

日常的考察

おっさんギター弾きの日常でんねん

久しぶりに思い出した言葉。

この言葉を初めて見たのは

大学受験の時。

30年ほど前か。

国公立の工学部を目指してた少年には

最初、意味が理解できなかった。

日常生活では特に不自由を感じることもなく過ごしてたから。

ガキの頃から隔世遺伝で色弱というのは分かってた。

検査の時によく「えっ!?見えへんの?」と

友達に言われた。

その度に



「うん見えへんよ。見えへんかったらアカンのか!」



ってよく喧嘩ごしにゆうてた。

でもそれで自分の学びたいことを「学ぶ機会」を

奪われるとは思ってなかった。

でも本人はそれほどショックを受けてなかった。

それも込みで生を受けたんやから、

何をいっても、どうあがいても

色弱で無くなるわけではないから

別の選択をするしかないと。

でもいきなり「理系脳」を「文系脳」にすることも

できないので、出した答えが



「体育教員」



で、体育大学に進んだわけやけど、

まあ色々あって最終的にはならんかった。

それを父親に詰られるようなことを言われて



「色神異常者は受験不可」



ってのを思いだした。

まあそれを言われた時はまったく反論も何もしなかったけどね。

側に母親がおったんで。

まあ父親は人としては疑問符がつく。

俺は合わん。嫌いやね。

でもまあ親なんでね。

しかし



「色神異常者は受験不可」



って嫌な言葉やな。