奇跡の軌跡 -48ページ目

あなたに逢えて


本当によかった。



嬉しくて嬉しくて言葉にできない。




さて、もう一週間が経ってしまいました。



奇跡的に助かった人

そして、苦しみの中亡くなられた人…。



色んな情報が渦巻く中、私がこの出来事で学んだことは

天災の恐ろしさと、混乱に陥ったときに露見する人の本性の醜さ。



被災地に物資が届かないのに買いだめをする都会人たち。

人の善意に付け込んで詐欺を行う大人たち。



欲しいものを我慢して被災者のために募金している子供もいるのに

何故、一部の大人たちはそれができないの?



何故、子供にできて大人にはできないの?



情けなく感じた。



それは勿論、私が安全地帯にいるからこそ

言える判断です。



焦る気持ちも重々承知しております。



しかし、買いだめを止めることで救われる命が

どれだけあると思いますか?



していることは直接じゃないにしろ買いだめは、

人を見殺しにしているのと同じことです。



大阪にも何人か買いだめをする人が見受けられました。



前カゴと後カゴにトイレットペーパーを大量に詰め込むオバサン。

情けなくてため息がでたわ。



比較的年配の方が多かったかな~。

オイルショックを経験しているからかね?



アメ友さんたちの中にも被災された人もいるのに

全然被災していない大阪で買いだめ行為をしている人見たら

張り倒したくなった。

こわい



昨日の夜、静岡県に地震がきたそうですね。


野久保っちの故郷、静岡。


幸い、野久保っちの家族は無事だったようですが
大阪でも微かに揺れました。


本当に微かな振動。
震度1にも満たないような。


でも、確かに振動は感じられたし
同時に恐怖も芽生えました。


後から本震が来たらどうしよう、と


でもそれっきりで振動はおさまった。


地震も徐々に南下していってる気がする。

改めて考えたこと



地震から丸4日。



私のいる大阪はいつもと変わらない日が流れています。



普通に会社行って、普通に仕事して、
家帰ってご飯食べて、お風呂入って、寝て。



ふと考えてみました。



16年前の阪神淡路大震災の時のことを。



確か、私は小学校に入る少し前。
6歳の時のことです。



幼いながらもあの時の揺れは覚えています。



明け方、寝ている時に家が激しく揺れました。



母と父が私と妹を抱えて、一階のリビングへ集まりました。
あの当時、私の地域では震度4。
隣の家の瓦も落ちてきました。



あの時、大阪~兵庫間は不通に。



震災から街が持ち直すのに一年掛かったと聞きます。



いまでこそ携帯やパソコンなどのネットが普及している世の中ですが

15年前なんて、一般人は携帯なんて持ってなかった。

まぁポケベルの時代ですからね^^;

携帯が急激に流行ったのは2002年以降だったかなぁ…。



とにかく当時はラジオやテレビ、街の掲示板などで安否の連絡をしていたそうです。



これを思い出して、

当時被災地から離れていた東の方では

今の関西と同じいつもと変わりない暮らしを送っていたのかな、と。



阪神大震災は直下型地震で

海の方で起きた地震ではなかったから津波も起こらなかったし

近くに原発もなかったため被曝なんてことはなかった。



いま、関東地方では商品不足、ガソリン不足だと

今日のニュースでやっていましたが

関西ではスーパーにいけば

お金さえはらえば普通に食べ物が手に入る。



同じ日本で何でこんなにも違うのか。



もしかして、私は16年前のあの恐怖を忘れているの?

記憶が風化していってるの?



自分が怖くなった。



阪神のときは6歳だったから記憶の片隅にしかなかったけど

今回の大地震で完全に蘇ってきた。



今回のことはずっと私の記憶の中に焼きついてる。



…今日、コンビニで募金してきました。



その募金箱のなかには一万円札も入っていた。



この出来事は絶対に忘れない。