例えばロックは之を expansion と extension とに区別し、前者を虚空間としての延長、後者を実空間の延長と考えた。けれども存在性ではなくして存在者にぞくす処の物体[#「物体」に傍点]の概念によって、始めて虚空間と実空間とのこの区別が成立する動機を有つこと、従って吾々の空間概念にとってはこの区別が見当違いであること、を吾々は已に見て置いた。従って吾々はこの区別を無視して延長の一義的な概念を有つことが出来るであろう。人々が感性的と呼び慣わして来ているものも、注意して検討する時、多くは[#「多くは」に傍点]この延長を有つもののことであるのを発見することが出来る(意識の内に継起すると云うことの出来るようなものは、たといそれが経験的であるにしても――例えば内部知覚の如く――、之を必然的に感性的と呼ぶことを人々は何かしら躊躇しないでもないであろう。それが断然感性的と考えられる場合は、恐らく延長せるものとの交渉をそれが本来もたねばならぬ運命が発見された時である)。少くとも眼で見手で触れることの出来るもの――それが感性的なるものの第一義的特徴であると考えられる――は常に延長を有つ。延長によって或る人々は確実堅固なるものの保証を発見し、又或る人々は不安薄弱なるものの適例を見出す。このようにして善い意味に於ける又は悪い意味に於ける感性を、最も端的に与える事態が恰も延長である。延長は空間の基礎的概念である。