おはようございます
これから、わかる人にしかわからん話をしますので悪しからず。
スルー読みで大丈夫でーーす
まず、話の進め方についてだが
この🅰️という話を聞いた時のインパクトや急に言われた時の感情、何も出来なかった体験を人に伝えるにはどうすれば?という部分なのだが
それをわざわざオブラートに包み、やんわりと🅰️と伝えるのが良いと思っている人間と
🅰️かどうかわからないから話をするな!!
という人間もいる。
それは悪いが経験上?の違いだと自分は思っている。
🅰️かどうかもわからないから話すな!!
と
言ってしまう人間は
回避能力が無い、または少ない人間に感じてしまう。
自分はこれまでの人生でとてつもない経験を味わってきたので
一番の最悪な場合を考えて行動した方が得策だと考えている。
そうなのか、そうじゃないのか
それはその後にすぐに調査をすればわかる事であり
だから何もしない、何も言わないというのは分かち合う精神がないのか
そこまで隠しても
じゃあなんで言ってくれなかったのか?ともなるし
私は知っているのに言わないのは良くないと思う。
それから
やんわりとオブラートに包み🅰️と話す
これでもじゅうぶん、伝えてるとは思うが
その伝え方だと、咄嗟の感情や気持ちは共感は出来ない。
わざわざ共感しなくてもよいのでは??
と
言う人もいるが
私がまた聞きで話す時に1番大事にしている事は
物の出来事によってボーダーラインをの上げ下げをしっかりする事である。
例えば
芸人なんかの話
すべらない話をする時は
多少の盛りは大事で、そこの抑揚をつけた方が爆笑をかっさらえる。
わざわざ一定長に本当の話をする必要はないのだ。
はたまた、自分の話をしなくてはならなくなった場合、わざと盛りを下げて話すこともあるだろう。
それはやはり盛って話せば誤解されたら困るからだ
わざと、経験人数は10なのに3です!!と答えてる人なんて山ほどいるだろう。
こういう、話を盛るのか
下げるのかは
話の内容、聞き手、どう進ませたいか?を汲み取って話すべきである。
今回
私が、どストレートに
🅰️と言ったことを
『断定するな』と2人から言われた
が、
それは別に私は話を盛ったわけでも
下げたわけでもない
ボーダーラインを『同じ』に伝えるために
聞いたまんまのセリフ、同じようなインパクト、を共感するべきだと思ったから
あの一言から始めた。
なぜなら
私達も初めの一声は同じように
いきなり
🅰️だから!!と
言われたわけである。
びっくりし、驚き、本当に!?!?
と
なったわけである。
それは
3人もいれば
聞いた時の感情や、そのあとから思う節というのは時間と共に変化する物である。
1人は(1️⃣としよう)
あんなのデタラメ!うそ!ガセネタ!!
嘘かもしれないガセネタで騒いでいるバカ!!
私はなんの情報も得ていない。なにも証言など聞いていない!!白なんじゃないの?信じないの?
これは特にヤバい。
もう、対象が好き過ぎて現実逃避をしている。
信じる信じないまですら到達していないのである。全面拒否だ
また、もう1人は(2️⃣としよう)
他の人から聞いたからって信じるんですか?
その人が芸能人だから?
あの人が嘘を言ってるかもしれないのに?
どうして断定するんですか?
と、いう。
2人からも言われたが
私はボーダーラインを盛ることも、下げることもしていない
私たちが聞いたそのままを
その衝撃で
関西弁を関東の話し言葉で『同じ出だしで、伝えた』それだけだ。
それをどうして『断定するんですか?』と
何故か私が断定しているかのように2人から責められているが
私は聞いた話、言われた話を
本当にそのまんまの状態で🅰️と伝えたに過ぎない。
伝言ゲームとは
又聞きとは
なるべく盛ることも下げることもせず
そっくりそのままを同じように伝えるべきある。
そして、その後から、
こんな衝撃だったから
私達も、その後のことをうまく突っ込め無かったし、聞けなかったし
に
繋がる
ここをオブラートに包んだりして話すと
この部分は共感は得てもらえないもしくわ
共感ポイントは減るのである。
そうするとそれを聞いた人は、そのあとの気持ちはわからないので
なんで!?もっとちゃんと聞いてよ!!に繋がってしまう。
わあ、ワンチャンそっちのほうが良かったのか?とあの後少し後悔はした。
何故なら聞き手側のメンタル維持の為だ
イベントがあったから
ここで言わない方が良かったのかもしれないなと
そこは本当に申し訳なく思えた。
あのあと笑顔を出さないといけなかったりする場面にでくわすからだ
それは全員同じであるが
何かあったとしても、仕事、パートナー、などいずれも関係はあるが子供はハードルが高い。
そこは本当に間違えたかもしれないがわからない。
だが、第三者のこともあったので
早めに伝えないといけなかったので
そのメンタルの部分を取るのか、先手を取るのかでかなり悩む部分ではあった。
それから
2️⃣の話に戻る
どうしてそれを信じるのか
芸能人だからか?
そのセリフを言ってしまった事だ
その一言で全てがわかってしまう。
『信頼度』である。
私達は今回の件で集まっただけに過ぎないので相手の事を信頼していなければ成り立たない。
まず、先手として自分が『信頼してるよ』という部分を相手に見せる
それは
『紹介』である
全てにおいて『紹介』というのは厄介である。
仕事でも紹介制度はあるが
紹介した人がミス多発、ドタキャン、それだと連帯責任で紹介した側にもトバッチリがくる。
本来ならそれを考えて
⚠️自分は紹介してもらったのだから、紹介してくれた人の為に出来ることをする、最低限の努力をし、頑張る
顔を潰さないようにする
それは
どの出来事にたいしても、持っておくべき感情だと私は思う。
こちらが先に全く知らない相手に対して、私は『紹介』という形で、相手をまず信頼し、行動をする決意を決めた。
その決意とは
先ほどものべた⚠️の通り、紹介者側のミスでこっちの顔が潰れるかもしれないというリスクをもう序盤から背負っているわけだ。
紹介される側と
紹介する側
とではあきらかにリスキーの差はちがう。
紹介された側は
少しでもいい
大切な人間を紹介してくれたと思って欲しかった。
私は2️⃣のセリフでもうわかってしまったわけだ。
悲しいことに、私は2️⃣から『信頼』がないと言われてしまったわけである。
人というのは時を重ねて知り合い、何回も会うことで信頼度を増していく
その人間の人となりを見て、その人をどこまで信用するかである。
だが
私にはそんな時間はなかった
だから、私は1️⃣も2️⃣も信用して『紹介』している訳である。
まずはその人間を疑うのではなく信じる。
信用する、信頼する
それが出来ないのならチームと言えるのか?である。
信用もできない信じられない人間に紹介をしている身にもなってほしい
かなりリスクが生じる。
それすらもとっぱねて、全員を信じる
そして進むべき道に進む。
私はそう思っていたが
このセリフでガラガラとそれは崩れる訳だ。
私は全く1️⃣からも2️⃣からも信用されていないわけである。
この部分、私との信頼関係が築けている人間であればこのセリフは出て来なかったと思う
なぜなら、私がどの立ち位置にいるか
全体を知っているからである。
それを、わかっていないとわからない部分もあると思っているので、私は日頃から言わなくても良い事をチョイチョイと出していた
こんな人と繋がってるよ
こんなラインしてるよ
友達の量
などである。
それを見せる事で
わかる人間はわかる。察する
この人はこんな人で、こんな人と繋がりや交流がある人間なのだなとわかる事だろう。
それがわからない人間もいる。
それは経験のなさだ。
1️⃣と2️⃣はそれを感覚や感性で感じ取れなかったのだと思う。
人と人が繋がると人が1人増える分、1人に会うペースはもちろん減るだろう
会わなくてもラインや、お誘いも増える分、1人頭は確実に減るのが普通だと思う。
その中から頻繁に会う親友や恋人を選び、そこは周1なのか、月1なのか、
頻繁にするラインも
毎日10人、20人
毎日でなくても三ヶ月に一度なのか一年ぶりなのか
そしてそれは仕事やテリトリーの中なのかどうかである。
とくに芸能人系の場合、仕事の話や芸能人同士は触れ合うタイミングや連絡の頻繁さ、覚えてもらいやすさ、お互いの性格、顔の一致、などもあると思う。
同じ畑かどうか、もかなり重要ではあると思う。
全く違う畑の人間に
わかってもらう認知度というのは年々ハードルが高くなってると思った。
住所、家電、携帯、そこからSNS
今じゃ知り合って交換したとしてもすぐブロック
無視、削除は当たり前である。
そんな中でコロナもあり、我々はプラスで人と人との距離が大幅に離れていってしまった。
本当に久しぶりに連絡した人もいるだろう。
そして
ここでも信頼度はやってくる。
コロナ前のその人との信頼度がどこまであったのか
何年らいの友達なのかで認知度も変わってくるだろう。
全く遊んでいなかったりキャラクターも薄いと忘れられがちである。
仕事もできなかったり、良い思い出がなければスルーされるだろう。
そんな中で何年も過ぎ去ってから連絡を取り合い、また会うことが出来るのは
相手からの信頼度を私が持っているという事であるが
ここまで話をわかってくれているだろうか?
多分わからない人には何を言ってもわからないのだろうな。
そんな信頼を私はあなたに紹介しているというところだ。
私が何年もを重ねて積み上げてきた構築されているものである。
先ほども伝えた通り
芸能系とパンピとでは認知されてるかどうか
そことまた会うかどうかも向こうからの信用性である。
こんな世の中なので
紹介した後で晒されるかもしれない
週刊誌に売られるかもしれない
この子の事は信用しているけど
じゃあその周りの子は?信用できるの?
ここである。
そこが何年かの積み重ねによって
生まれている物なのか
そうでない物なのか
である。
2️⃣が
そんな芸能人だからって、そこがそういうから信じるんですか??
は
上記で述べたように
私のことも信じていない
紹介された人も信じていない
私とその紹介した人との信頼関係ですら信じていないのである。
私はとてもそれがショックだった。
まあ別に信じてくれなくても良いし
それが本当かどうかもわからない。
けど、それをネタで楽しんだり
嘘をついたり
まどわしたり
そんな人間じゃない事を私は知ってる。
あの人の周りにどんな人がいて、スポンサーもいて、知人もいて、別の仕事もしている
2️⃣はその日、初めてあったからあのセリフが出たのかもしれないが
そこまで
私の事も紹介者のことも、そしてこの2人の距離すら否定をしなくても良いと思う。
🅰️の話を信じたくないのかもしれないが
そうだと思ってすすんだって
全然悪いことじゃない。
断定して進むのか?といわれ
それが良くないみたいな事を言いたいのだろうが
私は違うと思う。
1️⃣も先手で聞いたのに絶対違うと思ってスルーしてしまったと
言っていたが
ポジティブに捉えすぎるとスルーに至る訳である。
何事も最悪、最低なところまでも想定して進む
わたしはその方が良いと思っている。
そこは多分年齢と経験の違いだと思う。
私は今までの人生で本当にいろんな事があり、本にしなよ!って何度もオファーが来た事がある
ドキュメンタリーを取り扱ってる人もいるから出てみたら?
かなりの額をもらえるよ!
と言われた事もあるが
それは一生の看板になってしまうので多額をもらっても目先の金だと思うのでやらなかったが。
その経験からの持論である
想定をかなりの範囲を広げる
それで広い目線で見る事。
そしてそれに対処できるように本当の奥底までを想像して未来を見抜くこと。
まあ、結婚と離婚をしている私なので
見抜く力があるのかないのかといえば無いのかもしれないが
どこにそれを置くのかというのは大事だと思う。
私はホラー映画もゲームもとても好きだ。
こうなってこーなって、これだから
あー!
殺された!!
こーして、あーしていたら殺されなかったのに!!を
考える。
1番悪い事を考えて計算してそれを回避したり
この次はボスが出て来るから弾薬をあまり使わず取っておこう。
その時に使おう
などである。
なにもなく、信じず、断定せず、すすむ
これだと
絶対ボスはでてこない!!
弾薬は今使っても良いよね?
でてこないし?
このあとはもうエンディングだから!
それですすんで
よくある
お化け屋敷の最後で驚かされるやつ
出口前で
わーーー!!
あれも、わかってて通るけど
やっぱり驚いちゃうのと
もう出口だ!!なんもないぜ
いえーい!!って
通るのとは
全然驚きも対処の仕方も違うってわけだ。
だから
私は『断定が良くない』とは思っていない。
そのあとから
それを崩す結果にするのか
他の証言もきく。
それだけである。
長くなったが
これを読んでも伝わらない人には伝わらないだろう。
だがこれを読んで伝わる人には伝わると思ったので書きました。
ここまで読んでくれてありがとう。