夜、帰宅途中の道で猫に逢った。
最初は、脇の茂みからにゃ~にゃ~と鳴き声が聞こえてきて、覗くと少し大きくなった子猫が出てきた。
私が近づいても逃げず、人懐っこいにゃんこで、しばらく相手をした。
次の日も同じ場所から猫の鳴き声がして、同じにゃんこが出てきて遊んだ。
その次の日、帰りにその場所を覗いてみると、ちょうど出てきた。
私のことを待っていたようだった。
それからは、私が通るとにゃんこが出てくるようになった。まるで、私が通るのが分かっているかのようなタイミングだった。
そんなことがしばらく続いたある日、「 もう帰るね 」と帰ろうとしたら、にゃんこが初めて歩道に出てきて付いてこようとした。
でも、家では飼えなかったので、「 うちには連れて帰れないよ 」と言ったら、言葉を理解して歩道に突っ伏して鳴き出した。“ 鳴く ” というか正に “ 泣く ” の方が正しかった。
ずっと突っ伏して泣いていて後ろ髪を引かれたが、明日また遊べばいいや、と思って帰った。
それが、そのにゃんこを見た最後になった。
次の日から、もう現れなくなった。
縁のあるにゃんこだと感じていたけど、飼えなかったのでどうしようもなかった。
それから20年以上経って、先生を見てると、どうしても思い出す。そのにゃんこを。
私がいると嬉しそうに近づいてくるところが そ っ く り だ。
にゃんこが居なくなった後しばらくして先生がこの世に生を受けたこともあって、生まれ変わりじゃないかと思った。
先生の顔もどちらかといえば、猫顔だし。
猫だと私と暮らせないと悟った魂が、人間に生まれ変わって、難関大学に行って、教師になって私の前に現れた?
人間の言葉の意味が分かる子猫だったから、人間になったら難関大学に行けそうだ。
んでツインレイ?
そんなことあるんかな?
( もし、にゃんこを飼えていたら、にゃんこがツインレイだったってことになるのかな )と思い、調べると、動物がツインレイのこともあり得るらしい。
魂が読めないので、本当のことは分からないけれど、今もずっと
先生 = 🐱
が頭から離れないでいる。
そういえば、私が今まで好きな人に必ずあげているバレンタインチョコのパッケージって、猫の絵だ。
もちろん、今年は先生にそのチョコを買おうと思っている。