心屋さんのブログで神社ミッションが話題になっている。
とくにこの記事「どうすれば変われるのでしょう」 を読んで、クララは大笑いしてしまった。
わかる、わかるよその気持ち。
「拝見していると、
そこで紹介されている方は、
みんな頼る親がいたり、パートナーがいたり…。
私から見たら、
既にかなりの幸せを持っている人ばかり!
本当に気付いていないだけ!
そんなに幸せなのに!
っていう方ばかりです。」
とくに↑のくだり、めっちゃ頷いてしまった。
わかる~~~。
心屋さんのブログでミラクルが起きたと紹介されている人たちは、
それなりの仕事についていたり、
結婚していたり、
婚活に成功したって例もあったけど、多分20代か30代前半で若さと美貌を「持ってた」ってパターンだろうし……(きめつけ)
結婚一つとっても、
結婚しているということは、赤の他人と人間関係を築く力があるということ。
もしかしたら一瞬かもしれないけど、
「この人と一生一緒に居たい」と思えたし、思ってもらえたってこと。
結婚ってただ籍をいれるだけじゃなくて、両家の人間を巻き込んで挨拶やら挙式やらすべてやりとげるには、高い「段取り力」が必要。
ただなんとなく「好き」ではやり遂げられない偉業。
それは、私からは想像もつかないほどの「人間力」だ。
それを「ない」ことにして「自分にはなにもない」だと思ってるだけ。
ちゃんちゃらおかしいわ┐( ̄ヘ ̄)┌
「自分にはなにもない」なんて言葉は、
私のように貯金もない非正規雇用で、友人も彼氏もいない、若さもない身に落ちてからいいなさい
そう思う気持ち、めちゃくちゃわかる。
このメッセージを書いた方だって、実は、なんか特技、例えば英語が話せるとかあるのかもしれないね。
でも、私にはない!(断言)
ただ、私はやりました、神社ミッション。
貯金もできない給与から、入れましたよ一万円。
えらい!
その後どうなったかというと、正社員化は見送られ、貯金ゼロのぎりぎりの生活を続けることになったことを見れば、成果はなかったと言える。
が、成果はお金だけではないらしい。
そう考えると、
・不幸の着ぐるみを脱ぎ、過呼吸を自分で止めた。
・いちど人間関係がぎこちなくなった人と関係修復できた。
・会社に応援してくれる人がたくさんいることがわかった。
これらのことができたのは成果といえるのか?
なんとなく思うのだけど、正社員化に対して1万円は安かったのかもしれない。
もしかして、5万円、いっそ10万円くらい入れておけば、違ったかもしれない。
(絶対、無理だけど)
多分、1万円入れたら、1万円分の結果はもどってくる。
なんとなくそんな感覚。
すくなくとも、私は1万円、賽銭箱に入れられる人間なんだって自信がついたと思う。
「何もない」人間でも、自分が「ない」ことにしているだけで、本当は「ある」んだと心屋さんはいう。
何もない私にも、実は「ある」んだろうか?
あるとしたら、それは、この世の評価軸にはないものなのだろうか。
それとも私が気が付いていないだけなのだろうか?
過呼吸症を自分で治せたことは「ある」ことなのか?
そもそもいい年して思春期の女の子みたいな病気になるメンタルの弱さがそもそもの原因でも?
苦しい金欠に苦しい生活ですが、またそのうち神社ミッションやらないといけないのかな~と思う今日この頃。
≪追記≫
お金はない、私にはなにもない……ように見えるけど「ある」らしいということにすると、本当にあるらしいです。
私もそう思ってみようと思います。
こんなにこんなにない私のどっかから何かが出てくるのでしょうか?