だれでも親に成れる…なんてのは、トンだもの知らずの言う事、思う事です。
身体の機能が順調で、機会さへ有れば子を身籠って産む事は出来ます。誰でもね
でも、其れだけでは親には成れない。子が巣立ってから時間が経つ程に思い知ります。
つい最近の事ですが、お店の出入り口に常備されているのが常識に成っている
アルコール消毒の瓶の処で四歳位の子供と小綺麗にしている母親に目が行きました。
母親は自分の消毒が済んだら、顎をしゃくって子供に自分で消毒するように指示しました。
私が心配したとおりに、アルコール噴霧口よりも顔の位置が低かった子供は、真面にアルコールを顔面に浴びてしまい、眼が痛い!と泣き出しました。
母親は五月蠅そうに子供の手を引っ張って歩き出そうとしていたので、私は御節介とは思いましたが、「アルコールが目に入ってしまったのですよ。痛がってますよ!」と声を掛けましたが、母親はギロッと睨んできて「ア”~」と言ったまま、子供の目を見てやることもせずに売り場の方へ行ってしまいました。
あの子、無事に大人に成れるのかしら?と少し怖くなりました。
子供を産んで親と成ったら、両親は子供の安全を第一に考えねば成りません。
小さな子供の目に消毒薬が入ったら、どうなるかの想像力とか危機意識が無い親でした。
体重の軽い子供一人で自動ドアを通り抜ける親の後を追ったら、どうなるか?
今は動体センサー付きのが増えてるから、少しは安全度が上がって居るかもしれないけれど…機械だらけの現代の生活環境には、子供にとっての危険が一杯なのです。
子供の安全の確保の次に重要なのは、社会で独りで生きてゆく力を身に付けさせる義務が有ります。
其の為には、自分も社会で強く正しく生きていける力と知恵と、周囲の共感を呼び寄せる様な魅力的な人間に成長しなければ成りません。子供は親の背中を確りと見ているものなのです。
子供の心に「寄り添って」「受け入れて」と、マスコミュニケーションでは声高に言うけれど、もう一歩踏み込んで言ってくれませんか?
其の上で、「して良い事と、してはいけない事を強く深く教えるのが、親と周囲の大人の役割で義務なのです。」って
一番肝心な事を言わないで、耳障りの良い事・口当たりの良い言葉を連ねるだけ。
もうすぐ子供の日ですね。鯉幟が目につきます。世界中の子供達が健やかに立派な大人への道を歩めます様に