群馬県の高崎市にある清水寺(せいすいじ)に行って来ました。

紫陽花の花も有名な所だそうですが、目的は歌川国芳の門人の歌川芳輝(うたがわ よしてる)の描いた絵馬額16面が清水寺観音堂の回廊に飾られているので、それを撮影する目的の為です。

 

清水寺というと京都を連想してしまいますが、実はこの寺を創建したのは京都の清水寺を建立したのと同じ征夷大将軍坂上田村麻呂で、東国平定の際に戦死した将兵の冥福を祈り、京都の清水寺から勧請して建てたと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

 

500段以上ある石段を登り始めると山門があらわれます。

中には仁王像が安置されています。

 

 

 

 

 

 

真直ぐに延びる階段は中々に息が切れそうですが、静かな木々の木陰になっていて気持ちのいい空間でした。

 

ただ紫陽花はまだ早かったのか、あまり咲いていませんでした。

紫陽花の木もあまり多くなかったようで、もっと沢山植えればいいのにと思いながら登りました。

 

 

 

 

 

清水寺の観音堂に到着。

意外とスグに着いてしまいました。

 

観音堂は大きなお堂ではなく、中は無人でお守りやお札の販売もしていませんでした。

となりに家があるので多分そこの人が管理をしているのだと思います。

 

この観音堂のまわりに歌川芳輝の絵馬額16面が飾られています。

 

 

 

 

 

 

これから絵馬額を紹介していくのですが、最初に言っておきますが予想以上に傷んでいて、絵の具の剥落も激しく鑑賞するには、すでに値しない物になっていました。

 

ご覧のような状態で掛けられているので、風が強い雨の日は中の絵を濡らすでしょうし、台風の時などは更に悲惨な状態でしょう。

それで100年以上も経っているのですから、もっと早くから保護する手段をしていればと残念です。

あと100年も経てば、全ての作品が絵の具のない板だけになっているかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

回廊に飾られている絵馬額には画題などが書いていないのですが、迷道院高崎さんのブログを見たら以下の題名が付けられている事が分かりました。

この情報が何処から出たのか分からないのですが、一応絵馬と合わせてみようとしたのですが、やはり絵が殆ど消えている物も多く難解すぎて疲れてしまいました。

 

仁徳天皇高き屋
千早城の楠公
麗人採菊
橿原皇居造営
一ツ家石の枕
平忠盛
神武天皇東征
仕立職娘連中
応神天皇紀王仁来朝
田村麿将軍東征
神功皇后紀新羅朝貢
観音霊験
勧進帳
応神天皇紀呉国織縫女来朝
平維茂鬼女退治
韓信忍耐

 

 

№1 とりあえず最初のこの絵馬は「勧進帳」で間違いありません。

 

源頼朝の怒りを買った源義経一行が、山伏の姿で北陸を通って奥州へ逃げる際の加賀国の、安宅の関で、疑いを晴らすために武蔵坊弁慶が白紙の勧進を読み上げる場面。

 

これが一番きれいに残っていた方です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

№2 これは右側に観音様が描かれているので「観音霊験」の可能性が高いでしょう。

実はもう一点、観音様らしきものが描かれているのが有るので確定できません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

№3 これは「千早城の楠公」ですね。

胴の菊水の紋などから楠木正成だと分かります。

 

 

 

 

 

 

 

№4 これは右上に人物が描かれていて、下の方に屋根が見えますから、高い場所から遠くを見ているようなので「仁徳天皇高き屋」ではないかと思います。

 

仁徳天皇が、難波高津宮から遠くをご覧になられると、人々の家からは少しも煙が上がっていないことに気付いた。

「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか」と考えられ、三年間の税の免除をされたという逸話。

 

 

 

 

 

 

 

 

№5 これは拡大して見ると多くの人が描かれているようですが、殆ど消えているので分かりませんが、右上を拡大すると松の木が描かれていて、その下に人物がいるようなので屋内では無いと思いますので「橿原皇居造営」かとも思ったのですが、後でそれらしき絵馬が出て来たのであと残っているのは「神功皇后紀新羅朝貢」ですか。自信ありませんが。

 

 

 

 

 

 

 

№6 これは右上に高貴な女性が描かれていて、右下には何かを献上しているような人がいます。

その人が向いているのは右上の女性の方ではなく、左上なのでここに誰かが描かれていたのではないかと予想すると「応神天皇紀呉国織縫女来朝」の可能性が高いのかと思います。

 

応神天皇の37年に、勅命により阿知使主、都加使主が呉国に縫工女を求めて出発。

高麗王の助力により久礼波、久礼志の道案内で呉国に到着し、呉王より工女兄媛、弟媛、呉織、漢織の四人を賜ったという話。

 

 

 

 

 

 

 

 

№7  これは「一ツ家石の枕」ですね。

浅茅ヶ原の鬼婆(あさぢがはらのおにばば)伝説の一場面です。

観音様が化けた若い旅人を殺そうとする鬼婆を止めようとする娘を描いています。

 

浮世絵で師匠の国芳も描いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

№8  これは「平維茂鬼女退治」です。

長野県戸隠の鬼無里(きなさ)、別所温泉などに伝わる鬼女にまつわる伝説で、平維茂(たいらの これもち)が美人に化けていた鬼女を見破り討ち取る話です。

歌舞伎にもなっていて「紅葉狩」でも知られています。

 

 

 

 

 

左側のアップ。痛みが酷いのですが上部の白いのが紅葉で、良く見ると鬼が左に逃げている姿があります。

 

 

 

 

右側のアップ。平維茂が鬼を追っかけている姿だと思われます。

 

 

難解なクイズを解いているようで、時間がとても掛かってしまったので続きはまた明日。