絹本に描かれた江戸時代の肉筆浮世絵になります。
掛軸には前の所有者が書いたと思われる「紅梅美人」という題名と、大正12年に改表装したという書き込みがありました。
大正12年は1923年ですから直して97年も経っている事になりますが、表装には痛みもなく記載がなければ、100年近くも前に直された物とは思わなかったでしょう。
多分箱に入れられたままになっていたのでしょうが、掛け軸の表装は結構もつ物だという事が分かります。
印章が有りますが、作者については不明になります。
しかし画風からして月岡雪鼎(つきおか せってい)の門弟か、それらに関係している大阪の絵師ではないかと推測されます。
月岡雪鼎(1726年 - 1787年)は江戸時代中期から後期にかけて活躍した大阪の浮世絵師。
肉筆美人画を良く描き、鮮やかな色どりの美しい作品が数多く見られ、雪鼎の描く女性は、鼻筋の通った瓜実顔に切れ長の目が特徴で、京都のものとは異なる独特な写実性のある作品が多くあります。
明和2年(1765年)に法橋、安永7年(1778年)に法眼位を得ました。
この作品も日本髪の鬢(びん)の張り出し方から見て1780~90年代位に描かれたものと思われます。
とても豪華な着物を着た女性が、紅梅の枝を右手で持っています。
左手には短冊を持っているので、枝に吊るそうとしているのでしょうか。
この作品で目に付くのは、やはり着物の細かな模様の描き込みでしょう。
絵具も良い物を使っているようです。
京都の絵師とは違い着物の模様の描き方も、実写的で細密になっています。
作者不明ですが、私の持っている作品の中でも上位に入る美人画になります。
浮世絵では良く見る国貞や英泉の美人の顔とは、全く違った感じですが、それは時代がもっと古いからで、歌麿が江戸でデビューした頃の大阪では月岡派の人気があったのでしょう。









