

勇村一甫 ( いさむらいっぽ) 「立美人図」
江戸後期の画家。京の人。名は義貞、秀蘭斎と号す。文化頃の人。
享和3年とあるので1803年の春に描かれた作品だと分かります。
平安人物志(文化10年版)に、僅かに記載されているだけで詳しい事は何も分かりませんが、浮世絵師ではなく真面目な京絵師だと思われます。
検索しても作品は、何も出てこなかったのですが、美人の顔立ちを見ると円山派かなとも感じますが、詳しくは分かりません。
平安人物志とは、当時の京都の美術年鑑のような物であり、多くの文化人を集成しています。江戸時代、京都へ学問修行に上洛する人に向けて京都在住の知識人情報を知らせるために刊行されました。
明和五年(1768)の第一版にはじまり、ほぼ10年おきに増補改訂されています。
18世紀末の京都は円山応挙、長沢芦雪、伊藤若冲などの天才絵師達が活躍した時代です。
明和5年版(1768)には、「画家の部」で収載画家十六人中、一番に大西酔月、二番に円山応挙、伊藤若冲、池大雅、与謝蕪村の順。
安永4年版(1775)では、、「画家の部」二十人中、応挙、若冲、蕪村の順。呉春、曾我蕭白が初登場。
天明二年版(1782)では、、「画家の部」二十九人中、応挙、若冲、蕪村と続く。岸駒や長澤芦雪が初登場している。
応挙は、一番に名前が出ていることから人気も実力も認められていたのですね。
若冲は、「忘れ去られていた天才」と言われますが当時から評価は高かったのが分かります。