あいにくの雨の中
独特のトーンで
発車を告げるアナウンスが流れる
 
足早に電車に乗り込む人々
 
「気をつけるんだよ」
 
今朝からもう何十回目になるか分からない言葉を繰り返し
祖母がゆきの手を握り締める
 
(結局、来なかったね)
 
出かかった言葉を飲み込み
祖母の冷たい手をぎゅっと握りかえした
 
旅立ちの日
おばぁちゃんの困った顔は見たくない
 
電車に乗り込もうとした時
祖母が小さな荷物を押し付けてきた

 

 

「これ・・
  お父さんから・・」

 

「えっ?」

 

 

とうとう、最後まで見送りに来なかった父


 
「お父さん、
  本当はあんたのことが心配でしょうがないんだよ・・
  けどほら・・・あんな性格だから・・」
 


言われなくても
ゆきにはわかっている
 
今のご時世
「絶滅危惧種」に指定されかねないほどの
典型的な昭和の頑固オヤジなのだ
 


「電車の中で開けてみな
  それと・・・・
  ついたらちゃんと連絡するんだよ・・」
 
「わかった・・
  連絡するね・・」
 


電車に乗り込み
窓から祖母にさよならの挨拶
 
(おばぁちゃん・・あんなに小さかったっけ・・)
 
小さい頃に母親をなくしたゆきを
母親代わりに可愛がって育ててくれた祖母
 
こみあげてくる感情を抑えつけて
笑顔で手を振る

 

おばぁちゃんを心配させちゃいけない・・
 
やがて走りだす電車
雨にかすんだ見慣れた景色が
加速しながら後ろへ流れ去ってゆく
 


高校を卒業して
東京で美容師の専門学校に行きたいと言った時
父は猛反対した
 
学校の成績は優秀で
担任の教師も地元の国立大への進学に
太鼓判を押しており、
実家から通えるその大学へ行くものと
期待していたからかも知れない

 

ゆきも最初はそのつもりだったのだから
 
けど、卒業が近づくにつれ
小さかった頃からの夢に対する想いが
どんどん膨らんでゆき、自分でも驚くほど
抑えきれない想いに変わっていった
 
父が反対することは
十分予想出来ていたけれど・・
 


その日から
頑固な父は口も聞いてくれなくなった
 
最後の夜
なにか言いかけたような気がしたけど
結局、口を開くことはなかった
 
せめて、
ちゃんと「行ってきます」だけは伝えたかったのに
 


おばぁちゃんに渡された荷物
小さな袋に、新聞紙にくるまれた何かが入っている
 
父からだと言ってたけど
一体なんなのだろう
 
 
新聞紙を開き、中のアルミホイルの包みを開くと
おにぎりが二つ入っていた
 
不格好で、大きさも不揃いなおにぎり・・
 
(まさか・・お父さんが?)
 
母が亡くなってから
台所のことは全て祖母が面倒を見てくれた
 
昭和の化石のような父が台所に立つ姿なんて
ゆきは一度も見たことがない
 
しばらく呆然と見つめていると
新聞紙に一枚のメモ用紙が挟まれてるのに気づいた
 

 


  身体に気をつけて  がんばれ 
 
                                          父

 

 

 
暗い台所
おばぁちゃんより早く起きだして
なれない手つきでおにぎりを握る父の姿が目に浮かんだ
 
この手紙も
ためらいつつ、何度も書き直して
一生懸命書いてくれたのだろう

 

(お父さん・・・ありがとう・・)

 

溢れる感情をこらえて
不格好なおにぎりを頬張る

 

海苔もべちゃべちゃで、塩加減もバラバラで・・

 

 

(しょっぱいよ・・お父さん・・
 しょっぱ過ぎて・・
 目から溢れてくるじゃない・・)

 

 

ぽたぽた、
ぽたぽた、と
 
溢れ続ける
あまじょっぱい滴をぬぐいながら
ふと窓の外を見上げる

雨はすっかりやんだようだ

 

 

 

 

・・・・・

旅立ちの季節

 

出張の折など

田舎の駅で佇んでいる子を見かけると

妄想スイッチが入ります・・(笑)