福島から北海道へ・・・ -2ページ目

福島から北海道へ・・・

子供の未来の為に私たちが出来ること。

今年のクリスマスは寂しいクリスマスになりそうですクリスマスツリー

まず、ツリーがない!!!全部福島にあるぅ・・。

プレゼントはなんとか頑張ろうと思うんだけど・・・


毎年クリスマスはチョット豪華なディナーにしてたんだけど・・今年はねぇ・・・。

なんせ旦那の職も決まってなくて。゚( ゚´д`゚ )゚。

いや、さすが北海道!失業率全国ナンバーワンw

・・・笑ってる場合じゃないけど。


どこもまず書類選考が多くて、厳しいことは分かっていたものの

送るところ送るところ全て『残念ながら今回は・・・』的な汗汗


旦那の歳も34とギリギリライン。むしろ不利。

何か資格を取らないと!ってことで

職業訓練校に入校が決まりました!!


試験があるってことだったので(中卒程度)四則演算から始まり

因数分解やら√の計算とか思い出しながら勉強してました。


公式ってホント忘れてるもんなんだね~なんていいながら

問題集を旦那はがんばって・・・・いたのに。


いざ試験の日!!

スーツを着てネクタイ締めてバシッとキめていったのに

会場に着いてみたら、ちょっとそこまでお買いもの~みたいなオバサンとか

めちゃめちゃ普段着の男の子とか、コンビニのビニール袋に筆記用具を入れたおじ(い)さんとかwwゆる~~い感じだったらしぃ(゜д゜;)


「なんか俺だけ場違いっぽくて恥ずかしかったあせる」ってww

しかも時間になって試験官が教室に入ってきたんだけど第一声が


『えー今日は定員に満たなかったので試験はしません。したがって全員合格の形になります。』


え・・・( °д°)


って感じで今月から旦那様は学生ですチューリップ赤

来年の3月までは一応失業保険で生活できるけど、その先はなーんにも保証はありません。


自主避難し者の辛いところ。

3日前に原子力損害賠償紛争審査会で自主避難者の賠償が決まったけど、(家は本宮市なので該当地域)これから東電のほうに上がってまた審議でしょ?


いったい最終的な私たちの手元に来るのはいつになるんだろう。

本当早急に話まとめてもらわないと家族5人、路頭に迷ってしまう。


実際もう貯金が底をついてしまった。

どうすりゃいいんだろう・・・。


あ~まただ。

最近落ち始めるとキリがないから考えるのはよそう。ブタ







毎日思います。


毎日考えます。


今、この状況が現実でないような・・・不思議な感覚に陥るときがあります。


自分がここに暮らしている事に違和感って言うか・・・


夢でも見ているような複雑な感覚。


でもすぐに『汚れている故郷に戻れない』って現実に戻る。


何度も覚悟したし、何度も納得したのに。


今でも福島で暮らしている父や母、祖父母のことが気になります。


友達とその子供たちの体の事が心配です。


あんなにのどかで素敵な土地だったのに・・・。


私はよく目を閉じて自宅に帰ってみる。


そのあと走り慣れた道を車で走って実家にも帰る。


今まで何百回と通った道だから細部までリアルに思い出すことができる。


帰りたい。


私の全てが福島にあった。


でも何もかも置いてきてしまった。


小4の娘は夜になると時々、親友を思い出して泣き出す。


今年は初めて子供だけの2人で行く!


と約束をしていた秋祭りも終わってしまった。


子供にシクシク泣かれると、どうしようもない怒りが込み上げてくる。


子供にこんな思いをさせる東電が憎くて仕方なくなる。


・・今日の私は最高に落ちてる。


福島に帰りたい。





読み返してみたら悲痛な記事ばかりだったので、

本来の私に戻ってみよかうと.+゚.+゚(o(。・д・。)o).+゚.+゚


ふと振り返ると、今年はほんと色々あった~。


幸せいっぱいの妊娠胎児異常の疑い羊水検査異常なしドキドキ3.11震災&原発爆発ドンッ北海道へ逃げる福島に一旦戻る&出産北海道へ移住今。


辛いことも沢山あったけど幸せな事も沢山ある(≧▽≦)


今私たち家族の天使ちゃんは6月に産まれたモ~ちゃんラブラブ(愛称です)


もう少しで6か月。


テカこのブログ、本当は妊娠・出産・子育てブログのはずだったんだけどww


なんか色々あり過ぎてわっけ分かんないブログになっちゃったww


まぁいっかドキドキ


えーっとねッ上の子の時は18歳で無我夢中で子育てしてた。


二人目の時は魔の2歳児と0歳児の世話に追われて、とにかく忙しくもワタワターっと


日々が過ぎて行った。


でも今はね・・・子供の成長を噛み締めながらw育児ができてるチューリップ赤


きっと私自身、色んな意味で成長出来たからってのもあるのかなぁ。


上の子も二人目もとにかくモ~ちゃんを猫可愛がり(*μ_μ*)


一時はどうなるかと思ったケドあせるこうして何の問題もなく私の腕の中にいる。


正直、何もかもを失ってしまった私たち家族が笑顔を作っていられるのは


モ~ちゃんの存在がデカい。ww


ただソコにいるだけで、その場にお花が咲き乱れているような


ベビーピンクの空間を作ってしまう。


この悲惨な状況に悲しんだり、怒りで泣き叫びたくなっても


モ~ちゃんに見つめられたり笑いかけられたりすると


一発で家族みんな笑顔になる。


モ~ちゃんはうちの天使ちゃん恋の矢


最近は腰も据わってきたドキドキまだ不安定でグラグラしちゃうけどね!


来月から離乳食初めます(・∀・)音譜


今は家族5人一緒に居られる幸せに感謝しなくちゃ。









今日、初雪が降りました。

私たち家族は今北海道に住んでいます。


久々の更新。ってゆうか、ネット先日開通。

もう色々あり過ぎた。震災・原発・避難・・・。


私たちが住んでた福島県本宮市は原発から半径45~60キロ圏内。

思いっきりホットスポット。

全国ニュースでもよく耳にする市になってしまいました。

避難区域よりも放射線の線量が高いのにも関わらず、国から見捨てられ

モルモット人口として認知されている市。


私たちは自主避難者として北海道に逃げてきました・・・。

子供たちのことを考えて、政府や東電が何かしてくれるのを待ってたんじゃ手遅れになる!!!!


ってことで私の出産が6月にあったので夏休みに入ったら即北海道に・・・。


福島で子供たちは外で遊ぶことも許されませんでした。

必要最低限家から出ないようにして毎日マスク姿。


それでも夏が近づくと外で遊ぶ子供たちもチラホラ見えてきた。(うちの子は絶対させなかったけど)


正直、大人も含めてもう麻痺してたと思う。


頭では『汚染地域』と分かっていても、生活の為いつも通りの日常を送らなければいけない。


『逃げなければ・・・』と焦っていても何の保証もされない。先の基盤も決まらないまま仕事を辞めて、子供は学校を転校して家族みんなで引っ越すことは容易ではない。


それに何よりも必要なのが家族の意見一致。


これは一番クリアしなければいけない問題。


危機感は人それぞれで、年配になればなるほど正直それほど焦りはない人が多い気がする。


きっと情報がテレビと新聞と世間話でしか入ってこないからだと思う。



実際同居していた祖母の理解は最後まで得られなかった。

孫と離れたくなかったんだと思う。


物凄い葛藤はあったけど、私達は子供の健康を優先した。



出産して実家に里帰りをしている間体調を気にしながらPCで情報収集。

新生児を抱きながら、受け入れ先をひたすら探した。


私たちのように自主避難者を受け入れてくれる自治体は意外と沢山あって

その中でも罹災証明書があると受けられる援助の内容が違ってくる。


すぐに罹災・被災証明書を発行してもらった。



受け入れ先も決まって、里帰りから自宅に戻り2週間かけての荷造り。


チビが居るから思うように進まない・・・。

でもやらないと!おそらく私、8割泣きながら作業してたと思う。


なんでこんなことになったのか。


なんでこの家を離れなければいけないのか。


この土地でこの家で子供を育て、年をとっていくはずだった。


福島を離れるラスト1か月はとにかく切なすぎた。


あっと言う間に引っ越しの日になった。






この日はいつも通り旦那と子供たちを送り出してから

洗濯・掃除を済ませて、ヤマダ電機に行く予定だったから

お出かけの用意してた。


化粧が終わったあたりに小学校から電話が。

下の息子が気持ち悪いって保健室に来て、吐いたとのこと!

胃腸炎が流行ってるから、もしかしたら流行りに乗っかっちゃった?みたいな。


すぐに小学校にお迎えに行く。

学校出るまでは結構具合も悪そうだったんだけど

そのまま真っ直ぐ病院に連れて行ったら・・・・あれ??なんか元気??w


病院の待合室の中でもしゃべる×2ww

気持ち悪くないの??って聞いたら

『さっきまではね!でも今は結構平気(・∀・)』ってww


まぁぐったりしてるよりは良いけどさ。

結果は胃腸炎でしたヽ(;´ω`)ノ

病院も終わって、帰りにTUTAYAに寄って(息子は車で待たせて)

カーズとか、息子の好きそうなDVDを借りて帰宅。


帰ってきてから卵粥を作って食べさせてから薬を飲ませて

「お母さんの部屋でコタツに入ってDVD観てなさい」


ってあたしはヤマダ電機に・・・さっさと用事を済ませてヤマダ電機の中にある

ドラッグストアー的な所で買い物してたの。


そしたらね、あの地震。

最初は(あ。地震…長いなぁ。)

なんてのんきに考えてたらだんだん揺れが激しくなってきた。


近くのワゴンセールのカートが激しく揺れだして

陳列された商品がガンガン落ちてくる。


え!え!!え!!!って思ってるうちに揺れがMAX!

壁が軋んで天井がバリバリ落ちてきた。

蛍光灯も落ちてきてあちらこちらでガラスの割れる音。

断熱材も落っこちてくるし、一気にあたり一面白い埃が立ち込める。

女性の悲鳴が聞こえる。


あたしはもうパニック。悲鳴すら出せないくらいビビってお腹を両手で抱えて

しゃがみ込むことしかできない。

あまりにも激しい揺れで誰も歩いたり逃げたりできない状態。

ただただ、誰もが揺れが収まるのを今にも崩れ落ちそうなお店の中で

しゃがみ込んでるしか出来ない。


3分くらいして揺れが一旦止まった!

近くにいた自分の母くらいの年のおばさんに手を取られて出口まで逃げた。

一階が駐車場で2階が売り場のヤマダ電機。


階段を降りようとしたらエスカレーターがめちゃめちゃになってて

階段にもガラスとか落っこちてきた天井なんかが散乱してて

かなり危険・・・。


それでもおばさんと手をしっかり握ってなんとか外に。

騒然とする中、続々と店内から人が飛び出してくる。


地震はそれでも続いてて、あたしはいきなり号泣。

今の状況が非現実すぎて怖くてこわくて・・・。

家に残してきた息子の事と学校にいる長女のことが物凄く心配になって

おばさんにお礼をして信号機も停電で機能していない国道4号線に乗る。


とにかく電話が全くつながらない。

何度も何度も繰り返しても。


怖くてハンドルを握る手が震えっぱなし。

涙も止まらない。

ワンセグでテレビを起動させた。

ここの震度は6強。


ヘリから海面の津波の映像が・・・・

ただ事ではない。どこのチャンネルも緊急放送になってる。


自宅にだんだん近づいてくると

4号沿いの工業地帯の警報機がどこもけたたましく鳴り響いてる。


半壊状態の建物も・・・。


それを見た瞬間、小学校の崩壊が頭をよぎる。

子供たちが通っている小学校はものすごく古い。

耐震工事もまだされてない昔ながらのコンクリートの校舎


まず自宅に戻った。

外観からしてやばさに気付いた。

玄関外に敷き詰めてあるレンガにヒビが走ってる。

玄関は開けっぱなし。

中に足を踏み入れた瞬間息が止まる。


ありとあらゆる物が倒れたり割れたりして金魚の水槽の水がこぼれて

水浸し。壺が割れたりしてガラスの破片なんかががひどいから靴のまま自宅に入った。


二階に上がろうとしたときにまた強い余震が。


もう常に揺れてる。

怖くて息子の名前を大声で叫び続ける。でも返事はなくて。

ふと玄関の靴に目をやると息子の靴がない!

おばあちゃんもいない。

どこかに逃げたんだ。強い揺れが続く中お向かいのお宅に聞きにいくと

おばあちゃんと息子がいた!


相当怖かったのか涙をためてあたしに抱きついてきた。

お向かいさんにおばあちゃんを頼んで、息子を車に乗せて

長女を迎えに向かった。


でも学校までの道があまりにも壊れすぎててなかなかたどり着けない。

迂回・迂回を繰り返してやっと学校近くに。


校門近くはお迎えの保護者の車でいっぱいになってる。


車を降りて先生が引率して子供たちがかたまっている昇降口まで走っていった。


娘はあたしを見るといきなり大泣きして飛びついてきた。

あたしも大泣きしてしまった。


娘を乗せて家に帰った。

その間ずーーーーーっと旦那に電話かけてても一切つながらない。

かなりテンパってる状態。


家についても中に入ることができない。絶え間なく続く余震。

お腹も張りっぱなしで。

「このまま早産になったらどうしよう・・・」なんて考えると更に恐ろしくなってきた。


車の中で子供たちとじーーっとしてる。

とにかくこの時は建物の中に留まることは危険な状態。


だんだん空が暗くなってきた。

ライフラインはすべてストップ。


怖い怖い怖い。


福島はこれからどうなっちゃうんだろう。