東洋医学では邪気、ヨガでは不純物という表現をしますが、平たく言うとネガティブな生命エネルギーのことです。

 

材料は、プラーナで、それに人間の感情が加わったものです。

 

もしくは、圧縮されたプラーナですね。

 

しかし、今回は質の話なので、圧縮されたほうは説明を省きます。

 

 

 

平たく言うと、プラーナはゆったりと流れる大河のような流れる存在なのですが、それが凍り付くようなイメージですかね?

 

事実としては、ところてんとか、ゼリーみたいな感触なのですが、それでいて、簡単に消えてくれません。

 

ただ、人が自分の感情を加えて質を変えたのですから、その質を変えて元に戻すのはその逆をするだけです。

 

質を変えることは、それほど難しくはありませんが、そのプロセスをたどるのにやや普通に生きていては学ぶ機会が無いものです。

 

でも、ヨガの偉大な先人は、自らの全存在を観察している過程でそれを発見したのですね。

 

これは、初めて牡蠣を食べた人並みにすごいと思います。

 

未知への探求というのは心でも味覚でも、とても冒険心がないとできないことでしょうね。

 

勇気が必要だったのではと思います。