我が家が炭問屋という汚れることを厭うていては成り立たない商売をしていたことも影響しているのかも知れないが、私は職業に貴賎の差別をつける人間が嫌いだ。


今は木炭もダンボール箱に入っていてさほど汚れはしないが、昭和50年代ころまではカヤ俵の包装だったから炭の積み卸しで体中汚れるのは当たり前で、汚れを気にしているようでは仕事にならなかった。

父が真っ黒に汚れた格好で銀行にゆくことを母は気にしていたが、父はまったく頓着しないひとだった。

考えてみれば、銀行とて炭屋がしゃれた格好をしていては信用しにくいかも知れない。


私は子供の頃から割と本が好きで、一番のお気に入りは小学校の図書館にあった偉人伝だったけれど、4年生の頃であったか近所のお兄ちゃんからもらった一冊の本が印象的で今でも挿絵を思い浮かべることができる。


それはシャカが出家するくだりを書いた本だった。

本当はシャカの生涯が書いてあったのかも知れないが、記憶にのこっているのは、その出家するあたりだけなのだ。


貴族の王子であったシャカが道でカーストの低い年寄りを見かけるシーン。

このシーンの挿絵を覚えているのだが、年寄りは汚物の入った壷を肩にかついでいるが(本当なら頭にのせるのだと思うのだが、そう書いてあった)病気なのかヨロヨロと危なげで、それを貴族であるシャカが手助けして汚物の壷を運ぶという話。

純真な子供だった私は(実際には自慢できるほど純真でもなかったが)職業に貴賎はないという「すり込み」をそんな形でも受けた。


大学生の時、ネパールへ行く旅費を稼ぐために色々なアルバイトをしたのだが、バキュウムカーの助手なら高い日当がもらえるのではないかと思い、そういうところへ電話をしたことがあった。

たぶん、その時私の頭にあったのは、このシャカの話だったはずだ。

電話で訊いてみると、さほど高い日当でもなかったのでバキュームカーの助手のアルバイトをしはしなかったけれど。