前回の記事へのコメントでいただいたリクエストにお応えして、帰国後の話を書きたいと思います。まずは日本の中学転校編をお送りします。
8th gradeが終わりmiddle schoolを卒業してまもない7月、父の辞令が出て一家全員で帰国することになりました。
母、私、弟、犬の3名1匹は山梨県の祖母の家に居候することになり、父は他県へ単身赴任。
帰国後の9月から私と弟は近所の公立中学校と小学校にそれぞれ転校しました。
転校手続きは全部母がしてくれたので、私が事前にやったことと言えば、8月に1度母と一緒に面談に行ったくらいです。
アメリカ帰国子女が山梨の公立中学校に転校するわけでしたので、
まぁぁぁぁぁぁ大変でした
勉強面よりもカルチャー面が。
転校初日、2学期の始業式。
ひざ下丈のスカートのセーラー服を着て、学校指定の白いソックスを履き、髪を結び、学校指定のカバンを持ち、 アメリカでは1日も欠かさず着けていたお守りがわりのネックレスを外し、日本の中学校に乗り込みました。
担任と一緒に教室に行ってクラスの前で
「アメリカから引っ越してきたカゴメです」
みたいなテンプレ自己紹介をして、教室の1番後ろの席に案内されました。
体育館での始業式が始まるまで、担任からいくつかお知らせがありました。
忘れもしない。
担任がクラスを見渡して
「女子みたいな男子がいますね」
と言ったこと。
女子みたいな男子??状態の私。
すると教室前方に座っていた男子が笑いながら髪を触っているのが見えました。
なるほど、先生は男子の髪が長いのを注意したのか、とピンときました。
すぐにピンときたのはいいのですが、なおも意味不明だったのです。
なぜなら
男子の髪は全く長く見えなかったから
後から知ったのですが、男子は髪が耳にかかっちゃいけない校則だったそうです。
アメリカの学校では髪に関してとにかく言われることはありませんでした。
男子はティーンになると髪を伸ばし気味になるのが通過儀礼
(イギリスはどうか知りませんが、ハリーポッターの映画の4と5あたりでは「ハリーどうした」くらいのモサい長髪になってましたね。あんな感じ )
そんなアメリカから来たばかりなので、耳が出てないだけで怒られるという、ファーストカルチャーショックジャブをくらったのでした。
しかも先生「女みたい」とか言ったよね。
めんどくさい注意、やな感じ
これが都会の学校じゃ、もうちょっと違う対応になったのかもしれませんが、田舎では(山梨の皆さんごめん)は「ジェンダー?LGBT?なにそれ」って感じなので。
体育館に移動したら、次のジャブが待ちかまえていました。
体育館に集まった全校生徒が、
全員、
体育座りの状態で、顔を膝につけて座っているのです。
何これ誰か死んだの!?
OTSUYAなの!?
怖い怖い怖い!!!!!!
みんな黒髪で白黒の服(制服)なので、よけいに喪に服してるみたいに見えました。
軽くパニックになっている私をよそに、うちのクラスも体育座りに加担
誰か死んだのかもしれないし、聞くのも憚(はばか)られるほど誰一人物音ひとつ立てない空気だったので、とりあえず私も顔をふせました。
しばらくして
「黙とうをやめてください」
という指示がマイクで体育館に響きました。
黙とう!?
え、マジでOSOUSHIKIなの!?
もちろん誰も説明しれくれるわけなく、校長の話とか校歌斉唱とか始まっちゃいました。
後から知ったのですが、 集会の時は体育座りで顔を伏せた状態で待機するのがルールだったそうです。
やれやれ
とりあえず不思議な始業式を乗り切り帰り道、
クラスの女の子たちが何人か家までついてきてくれることになりました。
地元で育った子が多い地域なので、転校生も珍しい上に、アメリカから来たとなればもうワタクシハ宇宙人同様です。
面白い質問もたくさんされました。
「日本語どれくらいわかる?」
普通にわかるよ。
「お箸つかえる?」
つかえるよ。
「お父さんとお母さんどっちかがアメリカ人なの?」
ちがうよ。
小5まで日本にいたことが最初はイマイチ伝わってなかったぽいですが、みんないい子でよかったです。
まぁ色々小さな事件はありましたがそれはまた今度。
さて帰宅後、最後のサプライズ。
玄関に入った瞬間、鼻血を出しました
私、人生で鼻血が出たの2回しかないのですが、その日は記念すべきハナヂブー2回目。
新品の白の制服を深紅に染め上げることになりました。
原因はたぶん、緊張と日本の蒸し熱さ。
教室と体育館にはクーラーがありません。
始業式の日は午前で終わりなので、炎天下の中家まで徒歩です。
慣れない制服で頭に熱い血が上ったのかもしれません。
上は夏服ですが、下は冬用の分厚いスカートだったので。(半年しか通わないから経費削減)
後から知ったのですが、 実はみんな制服の下に体操着を着るのがスタンダードだそうです。
理由は、体操着に着替える場所がないから
体育の時は教室で制服を脱いで体操服の状態になるのです。
(体操服着ているとはいえ、お年頃の男女がひとつの教室でストリップしていく光景はいかがなものか)
この蒸し暑い中、制服の下にもう1枚わりと分厚めの体操服を着ることで命の危機を感じた私は、
冬になるまでの3カ月間、
ひとりトイレで体操服に着替えました。
住む場所が変われば、不便で理不尽だと感じることがあるのも当然です。
「日本はダメだ」「アメリカはダメだ」と言っているうちは、どこの国に行っても文句を言うと思います。
高校は帰国子女の多い国際基督教大学高校に行ったので、山梨で「日本の中学校文化」を体験できたのは、私にとってよい経験となりました。
まぁ当時は文句ばかり言ってましたが
一方その頃、弟は......
小学校の体育館での始業式で校長が
「今日は転校生を紹介します。
なんと!
アメリカから来た、
マイケルくんでーす!笑」
という、とんでもない冗談で紹介される試練にあっていました
冗談でマイケルくんて。
これがほんとのマイケル・ジョーダンって言いたいのか
それともリーチ・マイケルか?
ラグビー先取りか?
校長のしょーもないギャグが小学生にはウケたのか、 弟の性格がよいのがあってか、何とかイジメられずに済みましたが、
今だったらYahooニュースくらいには載れると思います。
次回は高校のお話いきます。
アメリカ転校初日(ハロウィン)もまぁビビったけど
日本の転校初日もある意味ハロウィンだね
V
おしゃべりアルパカ、最近撫でられてないので
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