行政が悪いことするはずない

そんな風に思ってた時期が私にもありました

精一杯頑張って生きてきて、自分の家庭を築き、子宝に恵まれ、元夫のモラハラから自分を守るために自分を殺して自分の感覚を麻痺させてきたけど

その歪みが精神疾患となって爆発し、子供を児童相談所に保護されました

自分が病気になったのが悪いから治さなきゃ

子供に会いたい
子供に会いたい
子供に会いたい
子供に会いたい

なんで虐待もしていないのに自由に会わせてくれない?

私が病気になったから私がいけないんだ

きちんと通院しなきゃ

児童福祉司に言われた言葉
「児童相談所は子供のための機関なので母親の悩みを聞く所ではない」
「夫婦喧嘩を見せることも虐待です」

私がなんで精神疾患になったか、相談所なのに相談できない?

夫婦喧嘩を見せることも虐待?じゃあどれだけの家族から子供が児童相談所に保護されてしまうの?

でもきっと行政なんだから私がおかしいんだろうね

子供に虐待なんてしたくない
絶対にしたくないから100%夫婦喧嘩をみせないために離婚しよう

もう私、モラハラには耐えられないから

ねぇ、離婚もして夫婦喧嘩をみせなくてもいい環境を作りましたよ?病院にも通院してますよ?先生だってカンファレンスで子供たち帰してあげてくださいって言ってくれたよ?

子供たち帰して

結果、下された判断は「帰しません」
そんな3年間

頭がおかしくなりながら、障害者枠で働こうとして初めて参加した作業所が
地域でも有名なブラック作業所
病院も児童相談所も情報なんてくれないから自分で探してきて
とにかく児童相談所に子供たちを帰す事を認めさせたくて、即、すぐに入れるところって考え無しに入ってしまった

そこで精神疾患は悪化
でも辞めたら児童相談所からまた何か文句言われるから続けなくては

もう無理だ
死んだ方が楽だ
だって私の元には子供を帰そうとしている感じが全然ない児童相談所
私はもう要らない母親なの?

児童相談所敷地内で春になる前の冬の夜、10度以下の深夜帯に処方箋1ヶ月分をアルコールで流し込んで凍死自殺を図った

運悪く見つかってしまい救急搬送からのかかりつけ精神科に入院

入院中
頭の中はずっと

死にきれなかった
またこの生地獄が続くのか

子供を帰して
子供を帰して
子供を帰して
子供を帰して

退院後、児童相談所は子供たちと一切会わせてくれなかった

もう生きてる意味がわからない
死にたい
まだ生きなきゃだめなの?

そこでかけたいのちの電話
感動した

そこから少しずつ、自分を責めることを辞めた
見ないようにしていたインターネットで情報収集を始めた

びっくりした
私だけではなくたくさんの人たちが児童相談所に介入されて困らされていた
もっともっと情報収集していった
児童相談所は行政でも真っ当じゃない

腐っている事がわかった

病院のカルテを開示した紙には
私を含めない、児童相談所と主治医と養護施設だけのカンファレンスに

「アスペルガーの夫と結婚してしまった悲劇の主人公きどり」
「児童相談所に子供を取られたと周囲に同情を買おうとするところがある」

などと、相談所なのに相談したら、主治医に印象操作をされていた
3年間お世話になった主治医が留学してしまったため、新しい主治医になっていた
私の事などまだまだ何も知らない主治医に

カルテにはこんな事も書かれていた
「同様のケースで親に子供を帰せたことはほぼない」
児童相談所との面接では「お子さんを帰さないと言っている訳ではありませんよ」などとその都度私には言っておきながら、新しくなった主治医には私を抜きにしてこんな事を吹き込んでいた

病院も病院で

入院中のカルテに、私の生育歴を嘘八百ばかり
このカルテを読んだら私はたんなるヤベー奴でしかない

許さない
絶対、児童相談所を許さないと思った

そこから色々と勉強していくうちに
人に騙されたり(二次被害)もしたけれど

日本の児童相談所がいかに人権侵害人権蹂躙を行っているかを知った

JCRECという市民団体のお陰で

国連子どもの権利委員会、国連子どもの権利条約

というものを知った

児童相談所が憲法第98条に違反し

いかに子どもの権利条約違反をしているかを知った

それまでに費やした時間4.5年...

厚生労働省に国連へ
言い訳を絶対にさせない

目黒の結愛ちゃんの命を政治に利用させない

国連への課題提出(list of issues)までもう5ヶ月を切った...

みんなに知って欲しい
児童相談所の実態を