前回のブログ
https://ameblo.jp/kikisuzuka/entry-12619311089.html
だんだん私が
小学生高学年、中学生になってくると
学校で教えられること、周りの同級生との
関係の中で学んでいくこと
勉強できた方がいい
しっかりしてた方がいい
どうどうとしてた方がいい
もじもじしてたら変に見える
変だとみなされるといじめ的なことに
つながる、、
そんなことが正しいことと学んでいく
そんな価値観が正しい??
んー
そっちの方がいい
いわゆる普通なこと
普通に目指すべき方向とかを
意識するようになってきて
その方向に向かってない
兄への意識は少しずつ変わっていき
イライラもするようになっていってた。
精神的な年齢は完全に上回って
兄だけど、弟みたいな関係になってきてて
人の目からもかなり気になるようになり
私が中学1年で、兄が3年の時
特別支援クラスのみんなが
入学してきた1年生全員にハンドベルを
演奏発表するという機会があって、、
私が意識してるからも加味されてる
やろうけど、あの独特の空気感
クスクス笑い声が聞こえてくるような、、
んーなんか隠れなくなるような
心持ちやった。
兄があそこにいるとばれたくないなー
って内心思ってた、、
そんな中学生活を送っていたある日
ふと兄から、こう呼ばれた
「suzuka兄ちゃん」
衝撃を受けた
めちゃくちゃショックやった
私の言動はそこまで、だったのかと、、
私が立場上、兄になっていた
自覚は正直あったら
でも実際言われてしまうと
なんかもう非常に悲しかった。
人生の中でも印象に残ってる言われた
言葉、最上位にあるね。
当時、そう呼ばれて
なんと答えていいかわからず
困り
困り
細い声で
「そんな風に呼ばんとってよ」
というようなこと言った気がする。
この後兄ちゃんとは呼ばれたくないけど
どうすればよいかはよくわからなかった
そう簡単に自分の行動や思考を
変えられるものではない、、、
そしてこのことを誰かに話し、相談する
というのも難しかった。
友達に話せる人はいなかったし
親とは話せるほうだけど、
こうゆう話はまだできる段階ではなかった。
ここで私がとった行動はー
とりあえず兄から距離をとってみること
だった。
あまりしゃべらない、関わらない、
見ない
まあ冷たくも感じるけど、中学生の
兄弟なら普通よね。
悪い言い方をするなら、
私がおせっかい過ぎたんやな
と今なら思う。
距離をとり自分がイライラしないことが
大事やったなーとこれも今も思うし
これはとても大事なことだなと思う。
そして離れつつ
少しずつ、いろいろ考えた。
今答えが出ないことはとりあえず
保留にしておいたらよいなー
答えは出ないけど、いろいろなことを
頭の中で巡らせた
人の個性の差はどうやって生まれるのか?
人の性質の中で
なにが先天的でなにが後天的なのか?
性格はどっち??
そもそもなぜ障害をもった子供が生まれるのか?
生まれてくる意味とは?
なぜ生きるの?
人として優秀じゃないと価値がないのか?
優秀ってなんだ?
いーーっぱい考えた。
答えなきこと、を特に夜中によく考えた。
なんとなく絶望感を覚えることもあった。
あとで書くけど妹のこともあった、、
高校生くらいまでとか
よく同級生との話の中で
兄弟の話が話題になり
兄がいるというと
「どこの高校に行ってるん?」
とか聞かれるのが本当に億劫だった。
兄は高校には養護学校へ通っていて
別に言ってもいいんやけど
言うと相手が
あ、なんか悪いこと聞いてしまって
ごめん
みたいな空気になるのが嫌やった。
だからと言って兄がいないことにする
のも嫌やし、嘘の経歴を話すのも
嫌やし
そしてそもそもそんなことに悩んでる
自分が嫌やった。
堂々と兄を紹介できる自分でいたかった。
転機として、私が22歳くらいの時
ある行動的な友人が水泳チームを立ち上げて
私と兄両方を誘ってくれたことがあった。
私と兄が一緒に水泳大会に他のチームメイト
と一緒に出たり
私の兄が私の職場のプールに練習することになり
たくさんの私の知り合いに兄を紹介する
ことになった。
紹介することに
はじめはめちゃくちゃ緊張したけど
今思うと、めちゃくちゃよい機会を与えて
くれたなと思う。
水泳チームに誘ってくれた人に本当に
感謝やなと思う。
つづく