舞台の最中はそのことで一杯で、ほかの事には気が回らない。
だが、俺の日常はカズのおかげですべてうまく整えられていた。
『何…? 服探してるの…?』
目ざとく見つけられる。
一緒に暮らしているんだから当たり前か…
『智の持ってたのはこっちに入ってるけど…どうせだから買いに行く…?』
「…。」
一緒にって意味に聞こえた。
「いや…。」
『一人でどっか行くの…?』
「うん…まあ…。」
『そう。 じゃあ、それは今度ね。
でも、気に入ったのがあったら買っておいでよ…。』
そう言うと部屋から出ていく。
そしてすぐさま戻ってきた手にはカードが握られていた。
『はい。』
「…。」
『お金ないでしょ…? こっちの方が便利だし…なくさないでね。』
そう言えば申込書に記名したのを思い出していた。
俺に発行されるわけないと思っていたけど…
カードには 「ONO SATOSHI 」 となっていた。
「でも…。」
『ちゃんと給料払うから大丈夫だよ。』
確かに…
でなきゃ、審査が下りるわけがない。
俺は財布にカードをしまうと、シャツに袖を通した。
ベージュのパンツをはきおえると、濃い茶色のカーディガンを渡される。
『お店の人のコーディだとこれだって。』
「そうなの…?」
よくわからない。
だが、来てみるとオシャレなのは間違いなかった。
顔には伊達メガネ。
そんな必要があるとは思えないけど…
『もし、記者とかに見つかったら冷静に堂々とね。
写真を撮らせてやるくらいのつもりで…。』
「わかった。」
そんなわけないけど、素直に答えておいた。
俺が、一人の時間がないとダメなヤツだって知ってるからだろう。
カズは何も不審に思っていないみたいだった。
『ふふっ…かっこいいよ。』
「…。」
『行っておいで。』
「ああ…。」
俺はカズに見送られてマンションを後にした。
◇◇◇◇◇
指定されたお店はすぐに分かった。
平日だと言うのに人が多い。
どうやって見つけようかと思ってウロウロしていたら、彼方から声をかけられた。
『出ましょう…。』
「え…?」
『場所がわかりやすいと思ってここにしただけなの。
こんな人の多いところでは落ち着かないわ。』
先日楽屋に来た時はお着物だたが、今は薄紫の何か柄の入った綺麗なワンピース姿だった。
俺はそんな彼女と連れ立って店を後にした。
ビルの中にあるレストラン。
食事をと言われたが、そんな気分になれなかった。
『こちらがお呼びたてしたわけだし、遠慮することでもないのに…。』
「それより…何か話が…?」
『意外にせっかちね。
それとも芸能人だから人目を気にしているのかしら…?』
「俺なんて…そんな知名度ありませんよ。」
『そうね。 昨日のあの子たちはミーハーだから別だけど、ほかの人は知らないみたいだったわ。』
遠回しに人気がないと言われたようなものだった。
嫌味というより、昔からはっきりモノをいう人だったから性格なのだろう。
『今、和也はあなたと暮らしているのね…?』
「一応…そうです。」
『とうとう付き合ったってわけね…?』
「それは…違うと思います。」
『あら、違うの…?
だってあんなに母に嫌われてるのに離れなかったじゃない…?』
「俺は今帰るところがないんです。
だから、カズのところを間借りしてるようなものです。」
『弟はわざわざあなたのために会社を始めたのよ。
それなのに、ただ同居してるだけですって…?』
一回寝たけど、それだけだ。
あれきりカズは俺に何もしようとはしなかった。