今すぐにでも出て行ってやる。
それで、叔母さんの思う壺になったって構やしない。
母さん…
おれ…
泪で視界が滲んでいた。
そして…
…?
何かが俺の腕に強く触れた。
『何で叔母さんが家にいるんですか?』
あ…
俺の手を掴んだのは翔くんだった。
視線が同じくらい。
そんな状況に軽く混乱している俺に、彼は大丈夫だよって言うみたいに微笑みかけていた。
そして、今度は叔母さんに向き直って続ける。
『勝手に家に上がらないようにお父さんに言われてますよね?』
言いながら俺の腕をひく。
自然と翔くんの影に隠れる形になっていた。
<なっ、翔ったら、私を泥棒みたいに言わないでちょうだいっ。
今度の婦人会で必要があって姉さんのモノを借りに来たのよ。>
『この事…お父さんは知ってますか…?』
叔母さんは黙り込んだ。
『はぁ…次はお父さんの許可を取ってからにして下さい。』
<私はただ姉さんの…。>
『お母さんの物は叔母さんの物じゃありません。
お父さんと、僕と、和也の物ですから。』
<まぁ、翔。
私が勝手に姉さんの遺品を取ると思ってるの?>
『誤解されたくないならお父さんにお願いしてください。』
翔くんに理路整然とした物言いにさすがに叔母さんも反論できない。
口をただ、パクパクと動かして言葉にならない様だった。
『それから……叔母さん。
もう、お兄さんにあんな酷い事二度と言わないでください。』
だが、その翔くんの言葉で叔母さんの怒りに火が付いた。
<この子の事、
お兄さんなんて言うんじゃありませんっ!>
そう叫んで苦々しく俺を睨みつけてくる。
翔くんの前だというのに感情を押さえられない様だった。
『叔母さん…。』
<この家の長男は貴方なのよっ、翔!>
その勢いに流石に翔くんも戸惑った様だった。
<それをっ…それを…この子をお兄さんだなんて…止めてっ。
翔、しっかりして頂戴っ!>
叔母さんには何の迷いも感じられない。
きっと本心からの叫びなんだろう。
俺が年下だったら良かったのか…?
俺さえ後に生まれていたら、叔母さんは違ったんだろうか…?
人に悪意を向けられるのは嬉しい事じゃない。
哀しい事だった。
だけど、どうする事も出来ない。
俺がこの家にいる限り…
そんな暗い考えに囚われてる俺の腕にギュッと力が籠った。
翔くん…?
『俺、叔母さんの事……嫌いになりそうだ。』
哀し気な響き…
翔くんからしたら叔母さんを嫌う理由は元々ないんだ。
それなのに、俺のせいで…
「……っちょっと急いでたから私も焦ってたのよ。
この次からは之啓さんにキチンと話を通すから今回は堪えて頂戴。」
さっきまでとは打って変わった媚びる口調が聞こえてくる。
叔母さんは翔くんに嫌われてはたまらないとばかりに態度を変えていた。
無償で向けられる好意。
まるで母親のような…
翔くんは大勢の人に好かれていた。
そして彼にはその権利があった。
それなのに、こんな俺に好意を向けてくれる。
お父さんだってそうだった。
だからだ…
俺が身のほど知らずなのかもしれない。
でも、そんな愛情を失うことなんて考えられない。
俺は…
もう誰もいないんだから。
翔くん達だけが家族なんだ。
『…くん、智くん、大丈夫…?』
「え…?」
自分の考えにとらわれていて翔くんの話を聞いていなかった。
いつの間にか叔母さんは帰った様だった。
『やだな…まったく。もしかして 聞いていなかったの…?』
「ごめん。」
『叔母さんには、もうこの家に近寄らないようにして貰うから…。』
!
「でも…。」
そんな事、いいんだろうか…
だって叔母さんは…
『大丈夫だよ。
お父さんが反対するわけないじゃん。』
そうかもしれないけど…
最近急成長した体は俺に影を作った。
『智くんの事は、何があっても僕が守るから…。』
真剣な眸。
何だか一気に照れくさくなってしまって視線をハズした。
「うん…ありがとう。」
それでも本心から嬉しい。
たまたまだけど、俺のピンチに駆けつけてくれた。
まるで…
まるで…
あれ…
「翔くん、クラブは…?」
『はぁ…だから、一週間テスト前休み。』
「そうなんだ…。」
美術部の部室は平気で使用可だから分からなくなる。
『酷いな…この前ちゃんと言ったよ。』
そう言われてそんな事を夕食で話していたのを思い出した。
「ごめん、そうだった。」
『智くん…。』
視線を反らしたままでいる俺の顎が取られて強引に正面を向かされる。
『智くん、本当に悪いって思ってるの?』
「思ってるよ…。」
俺は笑いながらそう応えていた。
『本当…?』
「本当だって…。」
マズいぞ…
翔くんてけっこうしつこいんだ。
案の定頬を膨らませて迫って来る。
可愛い…
膨らんだほっぺが可笑しくって笑ってしまっていた。
『ちゅっ…。』
え…?
頬に濡れた柔らかい感触。
なっ…
驚く間もなく、翔くんは素早く何事もなかったように俺から離れていた。
「何するんだよ/////っ。」
『いいじゃん、別に…。』
ドキドキドキ……
いたずらっ子のように舌を出して見せる。
スキンシップの好きな弟は最近こんな事が増えていた。
でも…
心の奥底で何かがチクリと傷んでいた。
ダメだよ…
君は冗談でもオイラは違うから。
だから止めて。
火が付いたような熱さを頬に感じながら、それは言葉にはならなかった。