希記の迷々思考実験室 -18ページ目

希記の迷々思考実験室

自分の問いへの答えを求めて想像を広げよう。

 一つの正しさを規範とする人の集団を求めたら、言論統制する必要があるか。
 
 例えば、現在、平和な世界が正しい世界のあり方であると言論を統制しようとしている。戦乱が起こってはいけない。それを当然のことだと思う人にとって何の疑いもなく、全ての国が平和を正しい世界のあり方だと認めるべきだと信じる。
 
 すると、色々な考えを持つ人がいてよいはずだが、非難される場合がある。平和な世界を否定する考えを宣言する人を非難する。また、不倫を正当化する考えを告白する人は非難されるべきである。正しい考えや決まりを否定する考えを非難する。

 

 そのために人は集団の中で言論統制をする。正しい考えや決まりは人の集団が進む方向を定める考えや決まりである。その正しい考えや決まりを人が正しいと信じる必要がある。それによって人の集団で維持される正しさである。

 

 つまり、集団の中で一つの正しい考えや決まりを定めるために言論統制を必要とする。

 

〈感想〉
 平和な世界が正しい世界であるとするなら、戦争を宣言する人や国は非難されるべきである。一人の男と一人の女の永遠の愛を正しい愛のあり方であるとするなら、不倫は非難されるべきである。正しさとは集団の中で守るべき考えや決まりと認められることで、維持される。正しさには言論統制がどうしても必要になるかもしれない。当然のように誰もが正しさを受け入れられたら問題は起こらないだろうか。色々な考えがあってもよい。