わたしは、高1までは人生を考えたことがなかった。

17歳で病を発症し都会の大学にいき病が悪化しふるさとに戻りまずはクリニックから。

夜やクリニックでは対応ができず民間の病院に通院しました。

そこで奇跡!大尊敬していた臨床心理士さん、元主治医との再会。

現在の主治医は医学の腕もあり人として大尊敬。年なのにバリバリ。
六年間一緒に頑張ってきて資格を取り一緒に喜んだこともあった。治療方針が嫌で怒ったこともあった。怒られたこともあった。喧嘩はなかった。愛のムチに耐えきれなく泣いたこともあった。そして診察が楽しい。わたしが先生を叩いたとき怒らず守り僕の治療で直せなくてごめんといってるようだった。感動した。そして生きていること、主治医との出会いに初めて心から幸せを感じた。

閉鎖病棟に入院し一年越えました♡otが一つできるようになり、二つ目を最近は毎日。運動も5分しかできなかったのに30分。外泊もできなかったのにできるようになりました。後は人間関係、ot、薬の調整、社会生活が潤えたらなぁ…♡

もう退院してもよいのだが自宅はダメでグループホームもまだ見つかってはいなくて病棟にお世話になっております…

病院だとよく考える…病院だから命の時間が終わる人が年に五人程度はいること、倒れる人がいること。

わたしは隔離治療をしていました。お手洗いとお布団のみ。防犯カメラつき。辛すぎました…

わたしは人は死ぬということ。いきると言うこと。死なない人はいないと言うこと。生まれてきたのだから必ず終わりがあること。始まりは終わり。終わりは始まり。

わたしは最後まで明るく前向きに生き抜きます。
ですが、最期は感謝し愛しこの世を旅立ちます。式は開かず48時間以内に大学病院へいきメスをいれ解剖したい。そして医学部生、研修医、みんなのため、自分のために役立ちたい。いわゆる献体です。

お骨になったときは、海洋散骨。わたしは世界をみたい、もう人ともめたくない、今のようにきつきつな人生ではなく自由きままにみんなを見守りたい。窮屈なお墓に入りたくない。広い海で見守りたいです。ひんやり~☺

献体ができなくてもわたしには式はありません。お金もないし面会にも外泊時にも友人や親戚は自らはきてくれませんでした。親戚はいません...わたしは20代の生き方を反省した。責めたこともあった。わたしの態度が悪かったのかもしれません。最期、式が怖いのです。誰がきてくれるのか、あの子がこなかったらどうしよう😖


安置させてもらい、10分程度のお見送り、直葬です。

 だからもしよかったらお互い生きてるうちに伝えたいこと、あえるときに都合の良いときにお会いしましょう♡♡♡



そして主治医。お互い天国にいったら診察してください。いつもありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。体調に気をつけてください。わたしは退院に向けて頑張ります♡ありがとう😆💕✨

M.A ラブ