気づいたのは、ある週末の夜のこと。
パートナーがソファでのんびりしている横で、私は夕食の片づけをしながら、翌朝のゴミ出しのことを考えていた。「あれ、なんで私だけこんなに頭の中が家のことでいっぱいなんだろう?」ってふと思ったんです。
家事の量より、「名もなき家事」と呼ばれる、気づいて・考えて・段取りする負担が、知らないうちに私に集中していた。これ、けっこうあるあるじゃないかな、と思って。
稼ぎが同じでも、やっぱり偏る
共働きで収入が同じくらいでも、家事の負担は女性側に偏りがち——これ、データでも言われているし、実感としても「そうだよな〜」ってなる話。
子どものころ、友だちの家に遊びに行くことがあった。お医者さんのご夫婦で、二人とも働いているはずなのに、家の中のことはお母さんがずっと動いていて、お父さんはほぼ何もしていなかった。当時は子どもだったからよくわかっていなかったけど、大人になった今、あの光景がじわじわ思い出されることがある。
「共働き」って言葉の裏に、こういう現実があることを、もっと話してもいいんじゃないかなと思う。
どうせ自分でやるなら、「そもそも減らす」を考えた
じゃあどうするか。パートナーとの話し合いも大事だけど、それと並行して私が取り組んだのが、「究極の効率化」——正確に言うと、やることそのものを減らすこと。
我が家はずっと狭い賃貸暮らしをしている。正直、広い家に憧れた時期もあった。でも今は、この選択が自分たちにとってすごく合っていると思っている。
狭い家には、持てるものに限りがある。そのぶん、モノが自然と絞られる。掃除する面積も少ない。窓だって、多ければ多いほど冊子の数が増えて、掃除が地味に大変なんですよね。「窓、少なくて助かった」って思う瞬間、けっこうある。
トイレ2つ、憧れるけど…
トイレが2つある家、いいなと思うことも正直ある。朝のラッシュとか、来客のときとか。
でも冷静に考えると、トイレが2つになると掃除も2倍。毎週やるとして、年間で何十回分の差になるんだろう、って思うと……「今のままでいいか」って気持ちになる(笑)。
こうやって、「便利さ」と「手間」をセットで考えるクセがついてきた。家を選ぶときも、暮らしを整えるときも、「これ、掃除どうなるんだろう」が判断基準の一つになっている。
家事の不平等を完全になくすのは難しいかもしれない。でも、「そもそも家事を減らす設計をする」という視点は、誰にでもできる工夫だと思っている。
狭い家、少ないモノ、シンプルな暮らし。それが今の私にとっての答え。
あなたの家ではどうですか?😊