現在、つらつらと過去を振り返っています。

今回は「魂が抜けそうになった」という話。

 

みなさん「魂が抜けそうになった」経験はありますか?

私は数回ほどあって…あ、ちゃんと抜けた(幽体離脱)ことはないですよ。てへぺろうさぎ

どういうときに「抜けそう」になるのかというと…それは「お葬式」。

ちなみに一般の会葬客のときは抜けそうになりません。

(その場にいる時間も短いし)

だから「抜けそう」になるのは親族として葬式にかかわるときになります。

でも不思議と通夜では抜けるまでには至りません。

それが告別式となると別で…つながるピスケ

導師が死者に引導を渡し、読経がはじまると…カナヘイびっくり

何者かが私の頭を鷲掴みにし、上方へと力強く引っ張っていきます。

この感覚を言葉で説明するのが難しいのだけど、あえて文章にすると

クレーンがやってきて着ぐるみの中の人をつかんで出すイメージ。

こんな表現、感覚が一番近いかもしれない。

魂が抜けることに興味や好奇心がわいてどうしようもなく、

一瞬抜けてみようかどうしようかと迷ったけどあんぐりうさぎ

葬式で幽体離脱状態なんて本当にシャレにならないから、

(うまく抜けたとしても帰ってこられなかったらヤバいし)

読経が終わるまで必死に椅子にしがみついて堪えました。

頭上は気持ち悪くて仕方ない。ショックなうさぎ

 

幾度となくこんな体験をしていると、

「引導を渡す」ことや「経文」に効力があるという実感を持てました。カナヘイきらきら

 

ちなみに「引導」とは…

人々を、仏道の正しい教えに引き入れ、導く事であり、迷える人々や、

死者、霊を経文や法語を唱え、仏道に導くことをいいます。
お葬式の際に僧侶が棺の前に立ち、

死者が悟りを得て成仏できるように経文や法語を読み上げる作法を行います。
死者が現世への未練や迷いを断ち切って来世へと旅立てるように導く行為が

「引導を渡す」という事であり、また、その読み上げる法語の事を「引導」と呼びます。

引用元:エンディングパークエンディング用語辞典

 

最近はありがたいことに葬式に出席することがないですが、

もし今度、そのチャンスがきたら…どうしようかな~あんぐりピスケ