おケチさんの私、断捨離、断捨離と言いながら

服の断捨離もなかなかできずにズルズルと~

お気に入りだったロングスカートや

昔、高かったセーター、高級下着のレーススリップ、

ペチコート、ボディスーツなどを断捨離、

 

昨日は旦那のクローゼットの片づけをして

コート3着、スーツ3着、替えズボン7本

を処分しました。

 

 

45lゴミ袋5袋

 

礼装用黒スーツしかいらないと言っていた旦那も

 

旦那 「どうもなってないなあ~

   もったいないなあ~」

 

と、いざ捨てるとなると言い出しました。

 

私  「そんなら着てみ~」

 

スーツの上着は腕や肩がパンパン

替えズボンは片足履いただけで無理~

コートは重たいとなりました。

 

私 「な、着られへんやったら欲が離れるやろ~」

 

断捨離、断捨離と言いながら最後は欲との闘いですね~

パッパとはできないものなんです。

 

物欲、心の欲、いろいろな欲を上手に手放しながら

これから先の人生は穏やかに生きていきたと

思いました。

 

やっと、少し動くようになりました。

やる気スイッチが入りませんが、

急に暑くなり半袖の服がいるような気候になり

しゃーなしに動いてみたら出来たという感じです。

日差しも夏のような強いものになり

毎日洗濯かあちゃんしています。

物干し場は1階に自転車置き場と2階のベランダの2か所

竿4本に干せるだけ洗濯をしています。

ひと頃は衣替えのクリーニング代は2万円使っていました。

今はダウンコートもドライクリーニング洗剤を使って

家の洗濯機でしています。

 

 

ゲルタイプでゼリーのような洗剤です。

私はこれでドライクリーニングの必要な衣類を

洗濯機で洗濯していますが、今までトラブルはありません。

 

昨日は私のクローゼットの衣替えをしました。

今日は旦那のクローゼットの衣替えです。

今週はお天気が続くようなので次女の部屋までして

衣替えは今週中に終了させます。

 

やつと、私の洋服の断捨離も出来ました。

おケチさんんの私、20年以上前のお気に入りの

服達の断捨離ができずにズルズルと~

短めスーカートはとうに捨てましたが

ロングスカート10枚が・・・

1枚を着てみました。

万年ぽっちゃりさんで体重は当時とそう変わらないのですが、

ぜい肉のつき方の変化です。

高齢になるにつれ手足の肉は筋肉がなくなるので細くなり

胴体に肉が溜まり、蛙のような体になる。

まさにそれ、どれもこれも10cmくらい幅が足りません。

ホックも留まりません、、、

やっと諦めがつきました!!

45lゴミ袋2つ分の断捨離ができました。

今日は旦那のところを手掛けます。

スーツ5着くらいと替えズボンとカッターなど

 

旦那 「俺にはもう礼装用黒スーツしかいらん!!!」

 

と言っています。

 

家の中が少しずつ片付いてきたら

私の体も頭もスッキリしてくるかなあ~

何なんでしょ… この脱力感は…

 

今日は孫守です。

長女が友達と京都にランチに行く為、

朝9時過ぎに孫を連れてきました。

 

起きてすぐに連れてこられたようで

着替えてただけで寝ぐせで髪の毛はもじゃもじゃ

旦那には朝ご飯食べてないからと言って行きました。

私に言うとお小言を言われるので言いません。

 

早速、スイッチです。

1時間したら止めさせて休ませながらさせています。

ゲームばかりはよくないことは分かっていますが、

他に遊ばせることができないのでしかたないですね~

 

 

小学2年生になりました。

よく食べる子なので家にあるもので朝食

おにぎりは1個 子供茶碗1杯分

好き嫌いはなくなってきましたが、

卵焼きはあまり好きではありません。

 

家にいるとゲームばかりするので

時間潰しにお昼ご飯は資さん(すけさん)うどんに行きます

 

 

荷物の中には歯ブラシも入っていました。

朝食を食べさせたら歯磨きをさせ顔を洗わせました。

夕食も食べさせて~と

帰りは何時になるやら~

今日は1日孫守です。

長い1日です。

3月、4月の母の特養入所の為の2回の帰省後、

気候病かもしれませんが、

体調不調です。

 

気候や天気の変化、いわゆる気圧や温度、湿度などが変わることで起こる不調を総称して気象病といいます。気象病は総称のため、正式な病名ではありません。

 
私の場合は体が重くだるい、関節痛、腰痛、
肩こりなどで元気がでません。
発熱はしてないもの咳がひどく、もともと不眠症なのに
夜は眠れず、耳鼻科を受診し薬を出してもらい
やっと、治まりましたが、
今度は連休前だというのに急に右上歯痛、
28日に滑り込み受診し、腫れ止めと痛み止めの
薬をもらい腫れも痛みも引いて治まってきました。
最悪は抜歯することになるとも言われ
ビクビクで過ごしました。
 
今年もそろそろ突然に夏のような気候になるかと
思っていたら、いつまでも肌寒い日が多いです。
なので、暖房器具は片付けましたが、
衣類はまだ冬物がたくさん出したまんまです。
昨年から二季(にき)と言う言葉が生まれ
本当に春と秋の過ごしやすい季節は年々なくなって
いるようですね~
 
 
サフィニア
 
 
ペチュニアとコリウス
 
花の植え替えをしました。
家の近くは花の苗など売っているところは
個人のお花屋さんがなくなり、ホームセンターしかなく
ちょっと変わったお花など買えなくなりました。
コリウスのように葉っぱがお花のように
綺麗な物も好きなんだけど~
もっと、個性的な色のものが欲しいです。
園芸用土や肥料も値上がりしているような気がします。
 
 
孫の食育用にミニトマトときゅうりも植えました。 
左 強うま苗 右 サントリー 純あま 
どちらも498円でした。
 
 
左 夏すずみ 右 シャキット
どちらも298円でした。
ミニトマトもきゅうりの苗は接木の物を
買うようにしています。
 

8年前に母から住宅型有料老人ホームに入所で

通帳とキャシュカードを預かりました。

それまで親がいくらお金をもっているかは

知りませんでした。

長い間の諍いの末、やっとの入所でした。

1000万円くらいは持っているだろう

87歳だったので5年間分の介護費用は

何とかなるだろう~92歳くらいで母も

亡くなるかもと予測してでした。

父が14年前に亡くなった時は兄が

父の名義通帳は全部母名義に変えて

私はめくら判を押したのでいくらあったのか

知りません。

その父も地元の介護サービス付き有料老人ホームに

5年半お世話になりました。

父のホームの支払い母がしていたので正確な額は

分かりません。

20年前の話しで当時は今と比べて

安かったかもしれませんが、

7、800万円くらいは使っただろうと思います。

母は住宅型有料老人ホームは月17万円前後に部屋の電気料、

オムツ代、母の小遣い1万円で月20万円で5年間で

1、200万円と地元介護サービス付き有料老人ホーム

立て替え代含めて16~17万円3年間で600万円で

8年間で1800万円くらい使いました。

二人の介護費用は2、600万円使ったことになります。

父が75歳以降は収入は国民年金だけだったので

母が87歳まで実家で暮らした生活費補填分もあります。

今から逆計算でして予想してみると、

私の両親は老後資金として二人で4、000万円くらい

持っていたのだろうと思います。

安倍総理が老後資金一人2、000万円と言っていた金額は

妥当な金額だと思います。

 

父は誰に聞いても優しくて真面目に良く働く人だったと言いますが、

家の中のことは母に任せきりで無関心でした。

その母はケチで私達には親の世話は子供がして当たり前と

いう考えの人なので帰省の費用もくれたことはありません。

遠距離介護16年、10年くらい前に大喧嘩の末

親の用事での帰省の費用の実費は出してもらえるようになりました。

それまでは私のパート代の2、3か月分は親に使われていました。

 

そんなにお金を持っていたなら

私達が学費で大変な時に応援してほしかったな~

本当、ケチな親だわ~

 

残ったお金はアンタにあげるわ~と言われ

こき使われました、、、

 

あとの母の葬儀代や実家や墓終いをしたら

いくらも残りませんてば、、、

 

両親が自分達の介護費用を持っていてくれたことには

感謝しています!!!

 

私達にはそんなに老後資金はありません。

健康寿命頼みです。

 

でも、反面教師の親を持ったがゆえに

自分達の力で生きてきました。

それだけは自慢できます!!!

 

いつもモヤモヤとした悩みから解放されることはありません。

どうでもいいような小さな問題ですが、

気にし~の私の性格の為です。

 

母が特養に入所してから3週間、

母からは電話でテレビが見られない、

鉛筆、ノートなどの文房具が欲しいなどと

特養のケアマネさんに電話してテレビの事は頼み

文房具は送っていいか確認の電話を入れました。

お忙しいだろうからいつ電話をしたらいいだろうかとか

何て言ったらいいだろうかと悩みます。

母は出来ないこと認めません。

そのくらい出来ると言います。

母の生活能力がどれくらい残されているのかは分かりません。

母の認知能力は正常なのかも分かりません。

私に電話をかけて文句を言ったり、

物を要求するときは正常ですが…

前ホームのケアマネさんもそういうことは

特別問題なければ大きく受け止めてくれて

私に報告まではしてきませんでした。

 

 

送っていいとの了承を得て送りました。

 

 

色鉛筆はケースから取り出せないだろうと思い

バラしてジップロックに入れました。

色鉛筆の1本1本にも名前を書いています。

それら全てが入るお道具箱のような箱があったので

入れて送りました。

特養には送ったことを伝え箱の中を確認して

そちらの判断で母に渡すように頼みました。

 

母に書く力など残ってないかもしれないけど

見栄ぱりなので持っていたいのでしょ~

出来ないでしょう~けど

ダイソーで見つけたぬり絵2冊も入れました。

 

終の居場所の特養の母の持ち物は僅かな着替えと

バスタオル、フェイスタオルとテレビだけでした。

有料ホームでの8年間は一人部屋で実家をゴミ屋敷にして

這いずり回って生活した時よりも快適に過ごし

贅沢な生活をしてきました。

その生活に慣れ切っていたので、

認知症になってない母は

その落差を感じているかもしれません。

私も介護費用の問題があり、

待ちに待ってやっとの入所でしたが、

哀れに思い可哀そうな気もします。

母からの電話は鬱陶しいとも思いますが、

特養で許される範囲のことは叶えてやろうと思います。

 

私の心もああ思ったり、こう思ったり

揺れて疲れます。

 

 

 

 

 

コロナ禍から年明けからの初詣を止めて

年末にお参りに行くようになりました。

我が家は奈良県桜井市にある大神神社(おおみわじんじゃ)に行きます。

素麺で有名な三輪ソーメンの郷です。

由緒ある日本最古の神社です。

そこで古いお札を返し、祈祷してもらい新しいお札を

貰って帰ります。その時にお清めの御砂も買って帰り

年末の掃除の時に家の周りをお清めして御砂もまきます。

 

 

我が家は庭のない小っちゃなお家で家の前には5mくらいの長さの

小さい溝がありその上にグレーチングがあります。

9枚に分かれていますが、結構重たいのでそれを上げて

溝掃除するのが面倒です。とうとう年末は寒さに負けて

しないままズルズルと今までしないままに、

やっと重い腰をあげてしました。

グレーチングを上げて溝に溜まった落ち葉などを掃除し

家周りと共に水をまき塩、酒、御砂をまきました。

 

次女はこの家で生まれました。

その当時は下水道が通ってなくて、生活排水、台所の水やお風呂の水

洗濯後の水は我が家横の用水路に流れ、近くの川に流れていました。

30年前に家の近くに新しい道路ができ下水道もできましたが、

ご近所さんの台所の生活排水が今は流れていませんが、

この溝に流れていたのでそのなごりです。

その用水路はお隣の昔から住んでいて数年前に

亡くなった人の話しですと、

その方が子供の頃は小魚もいて綺麗で

農業用水に使っていたそうです。

 

次女が3歳の頃急に体調不良になり、元気がなくなりました。

幼子ながら暗い表情になり声も小さくなり会話もしなくなり

遊ぶことなくゴロゴロするようになりました。

病院に行くと原因は分かりませんでした。

その状態は幼い子でもおかしい明日も続くなら

入院の準備をして来るように言われ、

検査することになりました。

私の実家では何か分からない気になることがあると

みてくれる人がいて両親は「さわり」と言っていました。

何か「さわり」があるんじゃ~ないかと、

父がみてもらいに行ってくれました。

すると、不浄にあたっていると言われました。

その人は我が家のことは話してないので知りませんし、

大阪と大分と離れているのに見えるようで

家の近くに川があり次女の汚れ物の水を流したので

不浄にあたったと言われました。

そして、綺麗な水を流し、塩をまき、お酒をまくように

言われました。

すると、みるみる次女が元気になって

普通になり病院に行かなくて済みました。

その時に見えない何かがあることを実感しました。

それ以後のおまじないのようなものですね、

お清めをすると守っていただけるとホッとします。

 

私は今も苦しい時の神頼みくらいの信心しか持って

いませんが、人間の力では計り知れない何かがあると

信じています。

昔からの言い伝えなどもわけがあり、

悪いといわれることはしないようにしています。

 

我が家は19年前に家を建て替えた時、神棚を設けていません。

実家に相談した時、作ってもちゃんとホコリを溜めないようにし

お水を替えたりのお守りをしなかったら

かえって悪いから作らない方がいいと言われました。

友達は高い所に神棚があるので年と共に大変と言っています。

踏み台に乗るのも怖いし、手が伸びないし、

友達は何年か前に踏み台から落ちたこともあります。

いつまでできるかと~

 

お隣さんはもうすぐ70歳、

今も病院の看護師さんのお手伝いの仕事をしています。

 

「もう、無理したらアカンよ~

 私らの年の人が骨折やケガで運ばれてくる人

 多いで~」

 

 

 

 

 

 

 

 

帰省から帰って1週間後の母からの電話です。

 

母 「アンタ、何もか持って帰ってしもうち(しまって)

  何にもね~(ない)えんぴつもねえ~(ない)

 

私 「特養の規則があって、

  それに合わせて用意するしかないんよ~

  介護士さんに頼んで~

  介護士さんの判断で私に連絡があるから~」

 

早速です、、、

いろいろ大変やったろ~疲れたやろ~とかの

労いや感謝の言葉などありません。

 

今、母に字を書いたりする能力があるかどうかは分かりません。

数年前にJAのお金を介護費用に充てる為、

JAの人がホームに来てくださり振替用紙を書かせる時に

苦労をしました。何度も間違うので

職員さん2人の内の一人の方が近くの支店に

用紙をもらいに行ってくれました。

母は自分ができないことを認めません。

 

今回の帰省時も母から裁縫道具が欲しいと電話があり、

最近入った入所者さんが昔は着物を仕立てをしていた人がいて

縫物をしているので、

自分もズボンの裾上げくらいできるのでいたいと、

ホームのケアマネさんに聞くと

「無理です。できませんし

 管理ができないので危ないので持たせないでください」

と、

 

その前の帰省時は住宅型からの引っ越しで冷蔵庫が置けないので

実家に持って帰りましたが、今のホームも小さい棚に置けるような

冷蔵庫をみんな持っている、持っていないのは私を含めて二人だけ

やから買って来て~と

母の話しを真に受けた私達は地元で売っていそうな電気屋さん、

ホームセンター4店舗を探し回りましたが、

どこにもありません。

母に持っている人にどこで売っているか聞いてと言うと

 

「みんなボケた人ばかりやから分からんわ~」

 

ケアマネさんに聞くと

 

 「持っている人は二人だけです。

  むしろ、持たせないでください!!!

  ○○さんは○○の数値が高いので

  管理ができなくなので」

 

と言われました。

母はいつまでも嘘をついてでも

自分の見栄や我儘の為に私を使おうとします。

 

今回も

 

母 「またそげんこつ言う!!もういい!!!」

  (また、そんなことを言う)

 

と電話を切りました。

 

認知症にならない母も可哀そうなもんだなあ~

いつまでも欲からも解放されず、

自分の感情に振り回されて

不満や文句ばかり言わないといけない、

こちらも大変だけど~

 

それに比べて義母96歳は

現世の俗事の全てを忘れ~

解放され~

ある意味幸せそうです、、、

 

 

 

 

 

 

 

   

3月から今日まで母の事で瞬く間に

日が過ぎてしまいましたが、

やっと、私の生活に戻ることができました。

とは言っても相変わらずのバタバタ生活、

昨夜は4時頃から10時まで孫守、

長女が同じ単身赴任留守番家族の人との飲み会でお出かけ

孫に夕食を食べさせて、風呂に入れ、パジャマに着替えさせて

歯磨きさせて長女をお迎えに行き一緒に車で帰すまでです。

婿が単身赴任を終えるまでは私達のサポートは必要です。

 

 

 

久々にスーパーに行くと何て言うことでしょう~!!!

台湾パイナップルが1玉321円!!!

こんなに安い値段みたことないわ~!!!

品出し中の店員さんに~

 

私 「ワア~安っ!!!

  今まで見たことない値段やわ~

  半額やね~」

 

店員さん 「本当、安いですよ~!!!」

 

私達の会話を聞いた近くにいた若いカップルさんが反応

 

私 「安いよ~これ美味しいのよ~

  芯まで柔らかくて甘いのよ~」

 

若いカップルさんが1玉買って行かれました。

 

私 「私が売ってあげようか~」

 

店員さん 「プッ~」って笑い

 

2玉買って帰りました。

 

大阪に住んで43年、私も立派な大阪のおばちゃんです。

ケンミンショーでお馴染みの誰とでも話すし、

お節介やき、聞かれたら何でも答えるし~

大阪の暮らしが合っています。 

 

 

 

やっぱり美味しい台湾パイナップル!!!!!

 

今年は安いのかと思いましたら、

何故だか分からないけど、そこのスーパーだけ

他店は698円で売っていました。

 

ラッキー!!!


 

5月で95歳になる母です。

認知症にもならず元気な母も超高齢者で

終わりに近い人なので終の準備も必要です。

3年前に地元の介護サービス付き有料老人ホームに

帰って来た時に、父の葬儀でお世話になった

葬儀社さんにお願いに行きました。

今回もホームが特養に変わったので

お願いに行きました。

ついでにどのくらいかかるか費用も聞いてきました。

 

 

家族葬で4人プランの料金です。

封建的な田舎ですが、やはり、時代の流れですしょうね~

家族葬が増えたのでしょう~

4人までの通夜の宿泊費用は含まれています。

祭壇の生花代、お料理代、遺体の搬送費用は別料金です。

お寺さんの法要代や戒名代は別にかかります。

 

それはお寺さんに聞いてくれと言われました。

我が家は浄土真宗ですが、

浄土真宗は比較的安いと言っていました。

父の時は戒名代は20万円でした。

母が払いましたので法要代お礼も含めてかもしれません。

 

お料理は近くにコンビニがあるのでそちらで

お弁当を買われる人が多いですよ~と

我が家も家族葬で私と旦那と二人でするかもしれません。

40年近く前に親を捨てた兄に連絡するかどうするか

今だに迷っています。

2年前に母に聞いたところ

 

母 「どっちでもいいアンタに任す~」

 

と言っていました。

 

親の世話は何もしてないくせに兄貴風を吹かせて

ごちゃごちゃ言われたくないけど~

亡くなった父が言っていたように実家の家屋敷や

山、田畑をお墓を継ぎ後始末を任せたいという

思いもあり迷っています。

 

私の個人的な考えですが、

お葬式は故人を弔う為でもありますが、

残された人達の為にお別れの場を作り

その後も生きていく為にするものだ考えています。

故人も死んだら無になると考えています。

死んだあとに盛大なお葬式などする必要はなく

死んでからお墓の花などを手向けるよりも

それよりも生きている間に後悔のないようにする方が

大切だと思っています。

なので、母の葬儀はシンプルに丁寧に見送りますが、

子供達は子供達の仕事や生活があるのであえては参列は

望んでいませんが、

10月か11月頃に長女、孫、次女を連れ母の面会の為に

帰省しようと思っています。

その方が母が喜ばすことになると考えています。