●親が違ったらもっといい人生だったのか?
「もっと違う環境だったら」って考えは、
誰の中にも一度はよぎるけど、
そこで止まるか、そこから進むかで
人生の質が変わるんよね。
毒親育ちの場合、
“スタート地点が違う”のは事実だと思う。
・安心して甘える経験
・無条件で受け入れられる感覚
・失敗しても大丈夫と思える土台
こういうものが薄いまま大人になるから、
最初から後で「自分で補う人生」になる。
これ、しんどい。ほんとに。
でも同時に
どんな親でも「完全に満たされる」ことはない。
だから結局、人はどこかで
「足りなかったもの」と向き合うフェーズに入る。
●足りないものをとりに行くこと
ここで大事なんは、
“親に取りに行き続けるか”
“自分で育てていくか”の選択やと思う。
毒親育ちの人は特に、
無意識にずっと取りに行ってしまうことがある。
・わかってほしい
・認めてほしい
・謝ってほしい
でも、それが叶わない相手やった場合、
そこで止まり続けると、自分の時間が削られていく。
だからあなたの言う
「自己と対話して埋めていく」
これはめちゃくちゃ現実的で、強い選択やと思う。
しかもこれって、
・自分に安心を与える練習
・自分の味方になる練習
・自分の人生の主導権を取り戻す作業
でもあるんよね。
ただ一つだけ付け加えるとしたら、
“全部を自分一人で埋めなくていい”
ってこと。
信頼できる人との関係の中で、
少しずつ「体験し直す」こともできる。
・安心して話せる人
・否定せずに聞いてくれる人
・そのままでいていいと感じられる場所
◾️まとめ
子供は
親からもらえなかったものは
後から補いたい生き物である。
後からゆっくり土台を作ることもできる。
自分で埋める部分と、
人との関係で育つ部分。
両方使っていい。
「自分を生きる」って、
ゼロから完璧になることじゃなくて、
足りなかったものを知って、
どう扱うか選び続けることやと思う。
あなたはもう、その入口に立ってるし、
ちゃんと前に進んでる。