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●1人でいる理由
ADHDの私は、
「1人でいるのが好き」
だと思われやすい。
だけど本当は少し違う。
私は孤独を求めているわけ
じゃない。
ただ、「誰にも気を使わなくて
いい時間」がないと、
心がすり減ってしまうだけだ。
●誰かと会う時は短時間に
しておく
誰かと一緒にいる時間は
嫌いじゃない。
むしろ、笑い合ったり、
会話が弾んだり、楽しい瞬間
もちゃんとある。
でも、その裏側で私は
ずっとスイッチを入れている。
相手が退屈していないか、
空気が重くなっていないか、
沈黙が苦しくないか。
無意識のうちに、
頭の中でずっと環境を
モニタリングしている。
「話題を出さなきゃ」
「笑顔でいなきゃ」
「楽しませなきゃ」
そうやって、見えない役割を
勝手に背負ってしまう。
もうその特性は治せ
ないんだと思う
ADHD &H SPの私は、人といるだけで
情報処理が一気に増える。
表情、声のトーン、
空気の流れ、相手のテンション。
相手の感情の微妙な
揺れを拾い続けて、
同時に自分の感情も
コントロールして、
「感じの良い自分」
をキープし続ける。
気づいたときには、
体力より先に心が疲れて
しまっている。
●1人時間を楽しむ
だから私にとって
「1人の時間」は、
逃げる時間でも、寂しさ
からの防御でもない。
それは メンテナンスの時間。
声のトーンを休ませて、
表情筋をオフにして、
頭の中のセンサーを一度
全部止める。
「誰のためでもない私」
「演じなくていい私」
その姿に戻るための、静かな空間。
ADHDの私は、常に外の刺激と
戦っている。
人といると、良くも悪くも
刺激が強すぎる。
楽しい時間のはずなのに、
帰り道でドッと疲れが
押し寄せてくるのはそのせいだ。
1人になった瞬間に、
ようやく呼吸が深くなる。
部屋の静けさが、
やっと心を元の位置に戻してくれる。
●勘違いされやすい
それを「人付き合いが苦手だから」
「1人が好きだから」
と一括りにされるのは、少し違う。
私は、人が嫌いなんじゃない。
ただ、「ずっと楽しませ
役でい続ける私」に
心と脳が耐えられないだけだ。
1人の時間を確保できると、
また人に会えるようになる。
また話せる。
また優しくできる。
だから私は学んだ。
無理に社交的な自分を
演じ続けなくていい。
疲れたら、静かな場所に戻っていい。
「誰にも気を使わない時間」は、
私にとっての必要条件。
家族には宣言しているので
私のカラータイマーが回りだしたら
1人の時間を与えてくれる。
そういう理解してくれる人が
いてくれることが本当に
ありがたい。
🔳まとめ
ADHDの私にとって、
1人の時間とは
孤独の証ではなく、
回復のための
生命維持装置
みたいなものだ。
そして今は、やっと言える。
私は「1人が好き」なんじゃない。
「本当の自分でいられる時間」を
ちゃんと守りたいだけなんだ。

