HSS型HSP✖️ADHDから人生を学ぶ
●親から安心をもらえたことがない
ずっと不安な毎日を送ってきた
私くらいになると、
「親が違ったら、もっと楽な人生だったのかな」
って、一度や二度じゃなく
何回も考えてきた。
もっと安心できる家だったら。
もっと否定されずに育っていたら。
もっと失敗しても責められなかったら。
そう思う日は、正直ある。
毒親育ちって、
ただ“親と合わなかった”だけでは終わらない。
・人の顔色を読むのが標準装備になる
・安心すると逆に不安になる
・甘え方がわからない
・「助けて」が言えない
・愛されるより、役に立とうとする
こういう生き方が、
呼吸みたいに染みついてしまう。
しかも厄介なのは、
本人がそれを「普通」だと思ってること。
だから大人になってから、
人間関係や仕事や恋愛で、
じわじわ生きづらさとして出てくる。
●疲れやすい
私は長い間、
「なんでこんなに疲れるんだろう」
と思っていた。
でもある時、気づいた。
ああ、
私は“今の問題”だけで苦しいんじゃなくて、
「昔、安心できなかった分」まで
ずっと背負って生きていたんだって。
毒親育ちって、
人生のスタート地点が違う。
最初からHP削られた状態で
社会に出るようなもの。
だから、
同じことで傷つきやすいし、
同じことで消耗しやすい。
それなのに、
周りと同じようにできない自分を責める。
これ、本当に苦しい。
でもね。
今まで生きてきて思うのは、
“親が違えば完璧だった”
わけでもないんだと思う。
どんな家庭にも、
足りなかったものはある。
愛情があっても、
過干渉で苦しくなる人もいる。
放任で傷つく人もいれば、
期待が重すぎて壊れる人もいる。
つまり人って、
結局どこかで
「自分に足りなかったもの」と
向き合う時期が来る。
毒親育ちは、
その作業が少し重たい。
ただそれだけなんだと思う。
だから私は最近、
「親のせいで終わる人生」
より、
「ここから自分を育て直す人生」
の方を選びたいと思っている。
もちろん簡単じゃない。
安心を知らずに育った人が、
安心を覚えるのは時間がかかる。
雑に扱われてきた人が、
「私は大切にされていい」
と思えるまでにも時間がかかる。
でも、
少しずつならできる。
・嫌なことを嫌と言う
・疲れる前に休む
・安心できる人を選ぶ
・無理して合わせない
・自分の感情を否定しない
そうやって、
あとから自分の土台を作っていく。
これって、
ものすごく地味だけど、
実は“人生を作り直す作業”なんよね。
昔の私は、
「なんで最初から普通に育ててくれなかったんだ」
って怒りもたくさんあった。
今もゼロではない。
でも、
そこにずっと居続けると、
人生のハンドルを
ずっと過去に握られたままになる。
だから私は、
過去をなかったことにはしない。
ちゃんと痛かった。
ちゃんと苦しかった。
ちゃんと寂しかった。
それは事実。
でも、
その上で、
「ここからどう生きるか」
を少しずつ選ぶようになった。
◾️まとめ
毒親育ちって、
生きるだけで
見えない努力をしている人が多い。
普通の顔して、
実はずっと心の中で戦っている。
だから、
今しんどい人は、
まず「弱い」のではなく、
“長年サバイバルしてきた人”
なんだと思う。
そして、
ここから先は、
自分で自分に与えていく番なんだと思う。
安心も。
優しさも。
居場所も。
「親にもらえなかったから終わり」
じゃなくて、
「ここから自分で育てていく」
その視点を持てた時、
人生は少しずつ変わり始めるんだと思う。
●ADHDの私、
パートナーと出会ってから、
ずっと感じていた。
「この人、
普通の人生を歩いてきていない」
そして、
一緒に暮らしていくうちに、
それは確信に変わった。
パートナーには、
両親がいなかった。
学校も、
まともに通えていない。
小学校ですら、
ほとんど行っていない。
だから、
漢字も書けない。
ローマ字も分からない。
社会の“普通”を学ぶ機会が、
ほとんどなかった。
でも、
不思議なくらい真面目だった。
怠けるタイプではない。
むしろ逆。
一度働き始めると、
限界まで働く。
ただ、
体力がない。
だから、
普通の働き方をすると、
どこかで消耗する。
しかも学歴もない。
社会は、
ものすごく現実的だった。
真面目でも、
勤勉でも、
学歴がないと
どこで働いても
賃金は低かった。
●だから彼は、
自営を始めた
私は、
その選択は、
彼なりの生存戦略だったと思う。
雇われでは、
限界があった。
だったら、
自分でやるしかない。
そう決めたのだろう。
そして、
そこからの集中力は凄かった。
毎日毎日、
長時間働く。
休まない。
同じことを、
延々と続ける。
私はADHDだから、
集中力に波がある。
ハイパーフォーカスはある。
でも、
一定を保つのが難しい。
しかしパートナーは、
淡々と続ける。
静かに、
ずっと働く。
しかも、
文句を言わない。
私は横で見ながら、
「この人は、
人生を止めたら終わる感覚で
生きているのかもしれない」
と思っていた。
誰にも守られず、
頼れる親もいない。
だから、
自分が止まるわけにはいかなかった
んだろうな。
●そんな二人の元に
子供が生まれた
これが、
私たちの人生を
大きく変えた。
正直に言う。
私は、
育児に向いているタイプではなかった。
ADHD。
HSP。
ASD傾向。
予測不能なことが苦手。
臨機応変が苦手。
音にも敏感。
そして赤ちゃんは、
全部が予測不能だった。
何をしても泣く。
理由が分からない。
マニュアル通りにいかない。
次に何が起こるか分からない。
私は毎日、
脳がパンクしそうだった。
でも、
パートナーもまた、
育児向きではなかった。
彼は、
子供が嫌いだった。
ここを綺麗事で
隠したくない。
自分が愛されて育っていない
二人が子供を育てることが
できるのか?
しかも、
仕事は長時間。
わたしは出産直後で体力もギリギリ。
つまり、
余裕がある大人が、
家に誰もいなかった。
●それでも、
私たちは育てるしかなかった
ここが人生の不思議だと思う。
完璧な親なんていない。
でも、
不器用な人間同士でも、
なんとか生きるしかない。
私は、
毎日追い詰められていた。
ミルクが切れそう。
眠れない。
外に出る気力がない。
赤ちゃんは泣く。
脳が止まりそう。
でも、
止まれなかった。
パートナーも、
仕事で消耗しながら、
働き続けていた。
お互い、
余裕なんてなかった。
それでも、
生き延びるしかなかった。
私は今振り返ると、
あの時期は、
「愛情たっぷりの
理想の育児」
というより、
“全員ギリギリで
生存だけしていた
時間”
だったと思う。
●そんな中で分かったこともある
パートナーは、
建前が分からない。
空気も読めない。
正直すぎる。
普通の社会では、
かなり不器用。
なんの特性にカテゴライズ
されるかは今でもわからない。
ADHDやASDの特性は
少しあるけど
マルチタスクはこなせる。
物事の優先順位は
自分で瞬時に決められる。
後回し癖はない。
本音と建前はわからない。
けど嘘をつかない。
見栄を張らない。
できないことを、
できると言わない。
そして、
働くことだけは、
最後まで投げなかった。
私はADHDだから、
気分や状態に波がある。
でも彼は、
どれだけ疲れていても、
毎日働いていた。
その姿を見て、
私は何度も考えた。
人って、
学歴だけじゃ分からない。
社会性だけでも分からない。
“生き抜こうとする力”
って、
もっと別の場所にあるんだと。
●普通の家族じゃなかったからこそ、
見えた景色もあると思っている
世間の理想とは、
かなり違った。
子供好きな夫婦でもない。
余裕ある育児でもない。
特性だらけ。
不器用だらけ。
普通の会話すら、
ズレることがある。
でも、
お互いに
「普通」を強制しなかった。
私は、
社会に合わせようとして、
ずっと疲れてきた。
でもパートナーは、
そもそも社会のルールを
あまり信じていなかった。
だから、
変に矯正されなかった。
それは、
私にとって救いだった。
●まとめ
パートナーとの価値観に
苦しんだことは多々ある。
でもわたしはこのひとで
ないと誰も会う人が
いないだろうなと
感じていた。
そして私は、
ADHD、HSP、ASD傾向を
抱えながら、
育児に追い詰められていたけど
娘は19歳になった。
幸せに3人で暮らしている。
子供好きでもない二人。
余裕もない二人。
世間から見れば、
不安定な組み合わせだったと思う。
でも、
そんな不器用な二人だったからこそ、
「普通の形」ではなく、
“自分たちなりの生き方”
を探し続けられたと思っている。
言い合いになると
何度も離婚の話になったけど
不完全な2人と
赤ちゃんとやっぱり
3人で生きることに
決めてきた。
人生って、
綺麗に整った人だけが
成功者ではないんだと思う。
むしろ、
不器用で、
欠けだらけで、
ギリギリな人間同士が、
なんとか支え合いながら、
前に進んでいくものなのだと思う。
●集団トイレ
ADHDの私、
昔からずっと、
「なんで女性の集団が
こんなにしんどいんやだろ」
って悩んでいた。
学生の頃からそうだった。
みんなでトイレに行く。
みんなでお昼を食べる。
誰か一人が外れると、
空気が変わる。
私はそれが本当に苦手だった。
トイレなんて、
一人で行った方が早いし楽なのに、
「一緒に行こう」が暗黙のルール
みたいになっていた。
でも私は、
そこで「なんで?」が発生してしまう。
その“なんで”を考え始めると、
脳が止まらない。
断れば、
「冷たい」
「ノリ悪い」
みたいな空気になる。
だから合わせる。
でも合わせ続けると、
今度は脳がものすごく疲弊する。
当時の私は、
「私って協調性ないんかな」
「人付き合い向いてないんかな」
って本気で悩んでいた。
でも今ならわかる。
あれは、
人嫌いだったわけじゃない。
脳の設計の問題だった。
●情報過多なADHD
ADHDの脳って、
想像以上に情報を拾う。
普通なら流せることまで、
全部アンテナが反応する。
誰が誰を気にしてるとか、
誰が今ちょっと不機嫌とか、
言葉の裏にある温度差とか。
しかもやっかいなのが、
それを無意識に処理してしまうこと。
女性の集団って、
言葉そのものより、
空気のやり取りが多いことがある。
「別にいいよ」
と言いながら本当は嫌だったり、
「なんでもいい」
と言いながら、
実は答えが決まっていたり。
私はそこに、
ものすごく脳のエネルギーを使っていた。
さらにADHDの私は、
合理性を求める思考が強い。
「で、結局なに?」
「何を決めたいの?」
「この会話のゴールは?」
そこが見えないまま、
長時間会話が続くと、
脳がどんどん疲れていく。
意味のない探り合い。
空気を読むゲーム。
本音を隠したまま続く雑談。
あれは、
“会話”というより、
脳内で同時処理をずっと続ける作業だった。
だから、
家に帰る頃にはぐったり。
でも周りから見ると、
ただ雑談してるだけに見える。
だから理解されにくい。
「なんでそんなことで疲れるの?」
と言われる。
●脳のフル稼働
こっちは脳がフル稼働してるんです、
って感じだった。
しかも私は、
誰かと一緒の空間にいるだけで、
集中力がかなり削られる。
人の気配。
物音。
動き。
視線。
全部に脳が反応する。
だから、
誰かが近くにいるだけで、
頭の中のメモリを持っていかれる感覚がある。
これも昔は、
「私が神経質すぎるんだ」
と思っていた。
●誰かに合わせることは
誰でも疲れること
しかもADHDって、
“合わせすぎる”人も多い。
ズレている自覚があるから、
周りに合わせようとしてしまう。
嫌われないように。
浮かないように。
空気を壊さないように。
でもそれを続けると、
自分がどんどん削れていく。
私も長い間、
「孤独が好きなんだ」
と思い込んでいた。
でも本当は違った。
好きだったのは、
静かな関係だった。
探り合わなくていい関係。
無理に空気を読まなくていい会話。
沈黙があっても苦しくない時間。
目的が見えるやり取り。
そういうものが好きだった。
逆に、
“群れ”の中で常に誰かの感情を読む状態は、
脳にとってかなり高負荷だった。
だから、
人付き合いが嫌だったんじゃない。
消耗が激しすぎただけ。
でも昔の私は、
そこを全部、
「コミュ力不足」
として自分を責めていた。
みんな普通にできてるのに、
なんで私はできないんだろう。
なんで私は、
集団に入るだけでこんなに疲れるんだろう。
なんで、
帰宅後に一人反省会が始まるんだろう。
そうやって、
ずっと自分を責め続けていた。
でも今なら思う。
合わない環境で、
無理していただけだった。
脳の設計に合わない場所で、
頑張り続けていただけだった。
だから、
無理に群れなくてもいい。
“女性なんだからこう”
みたいな空気に、
無理に合わせなくてもいい。
一人でいたい時は、
一人でいていい。
静かな関係を選んでいい。
少人数を大切にしていい。
そして、
人と違う距離感を持っていても、
自分は自分。
◾️まとめ
ADHDの人って、
「普通」に合わせようとして、
自分を責めすぎる。
でも、
そもそも脳の設計が違うなら、
疲れ方も違って当然なんよね。
だから私は、
“みんなと同じ”を目指すのをやめた。
すると、
人間関係がかなり楽になった。
無理して輪に入らない。
疲れる場所に長居しない。
静かな人を選ぶ。
本音で話せる人を大切にする。
それだけで、
脳の消耗が全然違った。
あなたが悪いわけじゃない。
コミュ力がないわけでもない。
ただ、
脳の設計と環境が、
噛み合ってなかっただけ。
それに気づけるだけでも、
人生はかなり生きやすくなるんだと思う。
●いつも時間ギリギリ行動をしてしまう
ADHDの私、
昔はずっと思っていた。
「なんで私は、
もっと早く動けないんだろう」
締切ギリギリまで動けない。
やらなきゃいけないのに、
体が動かない。
頭の中ではずっと
「やらなきゃ」が流れている。
なのに、
行動だけが始まらない。
そして、
最後の最後。
時間がなくなって、
逃げ場が消えた瞬間、
急に脳が覚醒する。
集中力が爆発する。
●覚醒すると効率よくなる
普段の自分とは別人みたいに
動けてしまう。
ADHD歴51年の私くらいになると、
もうギリギリになったら
なんとか仕上げられるから
大丈夫。だと謎の自信がある。
前もってやれない
脳の特性なんだと分かる。
ADHDの脳は、
“危機感”で覚醒しやすい。
普通の人が、
「そろそろやろうかな」
で動けるところを、
ADHDの脳は、
「今やらないと終わる」
までエンジンがかからない。
つまり、
脳のスイッチが入る条件が、
普通より極端なのだ。
●なぜギリギリになるまで動けないのか
ADHDの脳は、
未来の報酬を感じるのが苦手。
「今やると後で楽になる」
これが、
感覚として弱い。
逆に、
・今すぐ刺激がある
・今すぐ変化がある
・今すぐ危機がある
こういうものには、
強烈に反応する。
締切直前になると、
脳内でアドレナリンや
ドーパミンが一気に出る。
だから、
急に集中できる。
夜中なのに眠くない。
何時間でも動ける。
脳が、
「今は生存モードだ」
と判断しているから。
つまりADHDは、
追い込まれると
本気を出すというより、
“追い込まれないと
脳が起きにくい”
という構造なのである。
●このやり方には代償がある
確かに、
ギリギリで結果を出せる時もある。
むしろ、
短時間で爆発的な力を出すのは、
ADHDの強みでもある。
しかし問題は、
毎回その方法を使うと、
これは、
常に火事場の馬鹿力で
生きている状態。
脳も体も、
ものすごい負荷がかかっている。
だから終わったあと、
一気に動けなくなる。
・数日寝込む
・何も考えられない
・スマホしか見れない
・急に自己嫌悪になる
こういう反動が来る。
でも周りから見ると、
締切には間に合っている。
だから、
苦しさが理解されにくい。
「できるなら最初からやれば?」
と言われる。
でも、
それができたら苦労しない。
ADHDの脳は、
平常運転で安定して走るより、
短距離ダッシュの方が得意なのだ。
●ADHDは「余裕」があると逆に動けない
ここが、
かなり誤解されやすい。
普通は、
時間に余裕がある方が安心する。
でもADHDは、
余裕がありすぎると、
脳が緊張感を失う。
すると、
・別のことに気を取られる
・刺激の強いものへ流れる
・後回しが始まる
・脳がぼんやりする
という状態になりやすい。
だから、
「まだ時間あるし」
が、
一番危険だったりする。
これは意思が弱いというより、
脳の覚醒システムの違い。
ADHDの多くは、
“適度な焦り”
があった方が動きやすい。
●だから必要なのは、
自分を責めることではなく
“疑似締切”を作ること
ADHD歴51年の私くらいになると、
気合いで何とかしようとは思わなくなった。
必要なのは、
自分の脳を騙す工夫。
例えば、
・締切を自分で前倒し設定する
・人に宣言する
・タイマーを使う
・作業を細かく区切る
・「5分だけやる」を使う
・誰かと一緒に作業する
こういう、
外部刺激を利用する方法。
ADHDは、
自力でアクセルを踏み続けるのが苦手。
だから、
環境側にアクセル役をしてもらう。
それが、
かなり大事になる。
◾️まとめ
ADHDの人は、
ギリギリになると
急に覚醒することがある。
脳が、
危機感で覚醒しやすい
特性だから。
でも、
毎回火事場の馬鹿力で
生き続けると、
心も体も消耗する。
だから必要なのは、
「もっと追い込むこと」
ではなく、
“追い込まれなくても
少し動ける仕組み”
を作ること。
ADHDは、
瞬発力は強い。
でも人生は、
短距離走ではなく、
長距離で続いていく
方が健康で長生きだと思う。
だからこそ、
毎回限界まで燃やすより、
目標は
「少し余力を残して生きる」
にしている。
●自分が悪いような気がしている
ADHDの私。
昔からずっと、
「これって私が悪いのかな?」
を考えて生きてきた。
人と価値観がズレる時。
空気を読むタイミングが違う。
言葉をそのまま受け取る。
みんなが普通にできることが、
なぜかうまくできない。
だから私は、
早い段階で気づいていた。
「あ、自分はちょっとズレてるんだな」と。
でも、
その“ズレてる自覚”が、
逆に私を苦しめることになった。
ズレているなら、
合わせなければいけない。
迷惑をかけないように。
嫌われないように。
空気を壊さないように。
そうやって私は、
「相手に合わせること」を
覚えていった。
相手の表情を見る。
声の変化を読む。
機嫌を察する。
怒らせないように動く。
そして気づけば、
“自分の気持ち”より、
“相手がどう感じるか”
ばかり優先するようになっていた。
●人に合わせていく落とし穴
ここに大きな落とし穴があった。
合わせすぎると、
人はそれを
「この人は我慢する人」
だと認識する。
最初は遠慮していた人も、
少しずつ遠慮をしなくなる。
急なお願いをされる。
雑な頼み方をされる。
こちらの都合は後回し。
断らない。
怒らない。
許してくれる。
それを繰り返しているうちに、
だんだん扱いが変わっていく。
そして私は、
ある時気づいた。
人って、
“嫌われたこと”で
壊れるんじゃない。
“雑に扱われ続けたこと”
で壊れていく。
しかもそれは、
一発の大きな攻撃じゃない。
小さいもの。
軽く流される。
話をちゃんと聞いてもらえない。
約束を雑に扱われる。
こちらばかり合わせる。
そういう小さな積み重ね。
でも、
それが何年も続くと、
人は静かに壊れる。
なぜなら、
脳が学習してしまうから。
「私は後回しにされる側なんだ」
「私は雑に扱われる人間なんだ」と。
これ、
本当に危険だった。
特に毒親育ちの人は、
ここがかなり麻痺していることがある。
●毒親育ちADHDの私は、
“我慢すること”が
普通だった。
嫌でも耐える。
苦しくても合わせる。
自分の気持ちは後回し。
そうしているうちに、
「大切にされる感覚」
そのものが分からなくなっていた。
だから、
優しくされると逆に怖い。
ちゃんと扱われると、
落ち着かない。
でも、
雑に扱われることには慣れている。
これ、
かなり危険な状態だった。
なぜなら、
人は“慣れているもの”を
安心だと勘違いするから。
だから私は、
大切にしてくれない人を、
必死に大切にしていた。
理解してもらおうとする。
嫌われないよう頑張る。
期待に応えようとする。
でも、
どれだけ頑張っても、
こちらを雑に扱う人は、
こちらを雑に扱う。
なぜなら、
相手は変わる気がないから。
そして、
ここでまたADHDの特性が出る。
私たちは、
「もっと努力すれば」
をやりがち。
説明を増やす。
頑張りを増やす。
気遣いを増やす。
でも、
本当に必要だったのは、
努力ではなかった。
●境界線が薄いADHDのわたし
本当に必要なのは
“境界線”だった。
「それは嫌です」
「それはできません」
「その言い方は苦しいです」
これを言うこと。
でも当時の私は、
境界線を引くことを
“悪”だと思っていた。
断ったら冷たい。
嫌と言ったらワガママ。
距離を置いたら悪い人。
そう思っていた。
境界線って、
相手を攻撃するものじゃない。
自分を守るための、
安全柵みたいなものだった。
道路にもガードレールがある。
あれは、
相手を拒絶するためではなく、
落ちないためにある。
人間関係も同じだった。
境界線がないと、
人はどこまでも踏み込んでくる。
もちろん、
悪気がない人もいる。
でも、
こちらが何も言わないと、
「これで大丈夫なんだ」
と認識されてしまう。
だから、
優しい人ほど壊れやすい。
合わせられる人ほど、
消耗しやすい。
ADHDの人の中には、
相手に合わせる能力が
異常に高い人がいる。
場の空気を読む。
期待される反応を返す。
その場に合わせてキャラを変える。
でもそれを続けると、
だんだん
“本当の自分”
が分からなくなる。
誰といても疲れる。
ずっと気を使う。
一人になると動けない。
そして、
「自分が悪いんだ」
を繰り返す。
でも、
本当に必要だったのは、
“もっと頑張って合わせること”
ではなかった。
“大切に扱ってくれる人を選ぶこと”
だった。
こちらを雑にしない人。
話を聞こうとしてくれる人。
嫌と言っても怒らない人。
無理を当然だと思わない人。
そういう人と関わると、
脳が少しずつ学習し直していく。
「あ、自分って、
雑に扱われなくていいんだ」
自分を壊さないために、
必要なことだった。
◾️まとめ
ADHDの人は、
自分を責めるのが得意すぎる。
でも、
全部を自分のせいにしなくていい。
相手の問題もある。
環境の問題もある。
相性の問題もある。
だから必要なのは、
「もっと無理して頑張ること」
じゃない。
自分を雑に扱う場所から、
静かに離れること。
そして、
自分を大切に扱ってくれる人を、
ちゃんと大切にすること。
それだけで、
人生はかなり変わっていく。
●昔からどのグループにも属さない
ADHDの私、
昔は「群れないといきれない」
と思って生きていた。
友達は多い方がいい。
誘いは断らない方がいい。
みんなと仲良くできる人が
“ちゃんとした人”。
特に女性の群れの中に
入っていないと
陰湿ないじめを受けたから。
そう思っていた。
だから無理をしていた。
空気を読むふりしていた。
疲れていても合わせた。
本当は帰りたいのに、
最後まで場に残った。
返信も頑張った。
既読をつけたらすぐ返す。
返事を考えすぎて、
何時間も止まる。
でも止まると、
「感じ悪いかな」
「嫌われたかな」
と不安になる。
だから無理やり返す。
その繰り返しだった。
でも疲れ切っていて
人と会いたくなかった。
●自分が人と違うということ
ADHD +HSPの脳って、
“人の情報”を拾いすぎる。
相手の声の変化。
ちょっとした表情。
言葉の間。
グループの空気。
返信速度。
誰と誰が仲いいか。
誰が機嫌悪そうか。
普通の人なら
流れていく情報が、
私の脳には全部入ってくる。
しかも厄介なのは、
ADHDは「今この瞬間」に
引っ張られやすいこと。
その場のテンション。
その場の空気。
その場の期待。
全部に反応してしまう。
だから本当は疲れていても、
その場が盛り上がると
無理して合わせてしまう。
本当は行きたくなくても、
「今ここで断ったら空気悪いかな」
と思ってOKしてしまう。
でもその結果、
後から一気に反動が来る。
帰宅後、
急に無音になった部屋で、
脳が止まらなくなる。
「あの返し変だったかな」
「余計なこと言ったかな」
「あの時の空気、微妙だった?」
会話が頭の中で
何回も再生される。
しかもADHDは、
脳のブレーキが弱い。
考えなくていいことまで、
延々と考え続ける。
●脳は一人になっても
戦闘モードが抜けない
だから人付き合いが続くほど、
脳がずっと
“対人戦闘モード”になる。
そして気づけば、
一人の時間なのに、
頭の中には
他人が住みついている。
これ、
かなり消耗する。
昔の私は、
「群れられない自分はダメ」
だと思っていた。
みんなと頻繁に連絡を取り合えない。
毎週遊べない。
ずっと同じ熱量で
関係を維持できない。
だから、
自分は冷たい人間なんだと思っていた。
けど
私は冷たいんじゃない。
容量が少なかった
だけだと思うことにした。
人との距離が近すぎると、
脳のメモリが一気に埋まるタイプだった。
だから今の私は、
無理に群れない。
広く繋がろうとしない。
“少人数で深く”
の方が圧倒的に楽。
基本1対1しか無理である。
それに、
ADHDの私に必要だったのは、
常に誰かと繋がることじゃなく、
「安心して一人になれる時間」
だった。
昔は、
一人=孤独な人と思われてしまう
だった。
でも
一人の時間は、
脳を再起動する時間。
静かな部屋。
誰からも連絡が来ない時間。
空気を読まなくていい空間。
これがあるだけで、
脳の熱が下がる。
この時間がわたしには大切。
●自分に問いかける
ずっと群れの中にいると、
私は自分の感覚が分からなくなる。
何を食べたいのか。
何をしたいのか。
本当は疲れているのか。
疲れていて
脳がフリーズすると全部、
他人優先になる。
そして怖いのは、
それを続けていると、
自分が壊れていることに
気づけなくなること。
ADHDは、
限界を感じるのが遅い。
だから
「まだ大丈夫」
で進み続けてしまう。
そしてある日突然、
電池が切れる。
返信できない。
人に会えない。
何も考えたくない。
そうなってから、
初めて気づく。
「あ、無理してたんだ」
◾️まとめ
嫌われない努力より、
壊れない距離感を
優先するようになった。
毎回誘いに応じなくてもいい。
返信が遅くてもいい。
ずっと同じ熱量で
付き合えなくてもいい。
その代わり、
本当に大切な人を、
ちゃんと大切にできる距離感を選ぶ。
群れないのは、
一人で判断して
自分がどうしたいのか
見極めている人だと思っている。
協調性がないからでもない。
ADHDの私にとって、
“人との距離感”は、
精神を守るための
重要なセキュリティ設定だった。
そして今の私は思う。
無理して大人数に合わせていた頃より、
静かに生きている今の方が、
ずっと人に優しくできている。
●手ぶらできてね
ADHD +ASDの私、「手ぶらで来てね」を、
そのまま受け取ってしまう。
ホストが
手土産なくて
いいよ。気楽に遊びに
きてね。っていう言葉を
正面から受け取る。
だから、
「手ぶらで来てね」
と言われたら、
“あ、お土産を気にしなくていいように
言ってくれてるんだな”
と思う。
だから本当に、
何も持たずに行く。
むしろ、
「気を遣わせないために
言ってくれてるんだから、
ここで何か買って行く方が
逆に気を遣わせるのでは?」
とまで考える。
でも実際に行くと、
他の人は普通に
お菓子とか飲み物とか、
ちょっとした物を持ってきている。
そこで私は、
脳が一瞬止まる。
「えっ……
手ぶらで来てねって
言ってたよね?」
他のゲストにも
言っているよね?
ってなる。
そして急に、
自分だけ常識がない人みたいな
気持ちになる。
●日本の察して文化は理解できない
ホストはほんとに
手土産なくて良いよ
って言ってくれていると
思う。
問題はゲストで
そうは言っても気を
使って差し入れは買っていくのが
常識だと考えている。
どうやらこの暗黙の
了解が成り立っているのらしい。
ということで
わたしが
非常識人だとなってしまうと
いう現象が起きているって
自分では理解した。
でも、
これ本当に難しい。
だって、
“言葉通りに受け取っただけ”
だから。
ASDの私は、
こういう
「言葉の裏を読む文化」
が昔から苦手だった。
・行けたら行くね
・また今度ご飯行こう
・いつでも連絡して
・気を遣わないで
・手ぶらで来てね
・ゆっくりしていってね
これ全部、
そのまま受け取ると
ズレることがある。
●本音と建前は誰が教えてくれるの?
どこまでが本音で、
どこからが社交辞令なのか、
境界線が本当に分からない。
しかも厄介なのが、
人によってルールが違うこと。
本当に手ぶらでいい人もいる。
逆に、
「一応何か持ってくるのが普通」
と思ってる人もいる。
つまり、
正解が固定されていない。
これがADHDの私には、
かなり難易度が高い。
私は、
ルールが明確なら対応できる。
でも、
空気で変わるルール、
人によって変わる暗黙ルール、
これが本当に苦手。
だから昔、
「そんなの普通分かるでしょ」
と言われるたびに、
かなり混乱した。
いや、
普通って何?
その“普通”、
どこに説明書あるの?
って本気で思っていた。
しかも、
悪気が全くない分、
あとからじわじわ落ち込む。
「あれ失礼だったかな」
「非常識だったかな」
「変な人って思われたかな」
って、
帰宅後ひとり反省会が始まる。
◾️まとめ
こういうのって、
“常識がない”
というより、
「言葉を額面通りに
受け取る脳」
なんだと思う。
裏を読むより、
まず言葉を信じる。
ある意味それは、
すごく真面目なんだと思う。
だから今の私は、
「手ぶらで来てね」
と言われたら、
完全な手ぶらではなく、
小さいお菓子だけ持っていく、
くらいにしている。
相手の言葉も尊重しつつ、
社会の“ふわっとした空気”
にも合わせるための、
自分なりの折衷案。
ADHD歴51年、
私はこうして少しずつ、
“空気の世界の攻略法”
を覚えてきた。
それでも違う時が
あるんだけどね。
日本は特に察して文化。
ADHD+ASDのわたしは
生まれる国を間違えたらしい。
●親が違ったらもっといい人生だったのか?
「もっと違う環境だったら」って考えは、
誰の中にも一度はよぎるけど、
そこで止まるか、そこから進むかで
人生の質が変わるんよね。
毒親育ちの場合、
“スタート地点が違う”のは事実だと思う。
・安心して甘える経験
・無条件で受け入れられる感覚
・失敗しても大丈夫と思える土台
こういうものが薄いまま大人になるから、
最初から後で「自分で補う人生」になる。
これ、しんどい。ほんとに。
でも同時に
どんな親でも「完全に満たされる」ことはない。
だから結局、人はどこかで
「足りなかったもの」と向き合うフェーズに入る。
●足りないものをとりに行くこと
ここで大事なんは、
“親に取りに行き続けるか”
“自分で育てていくか”の選択やと思う。
毒親育ちの人は特に、
無意識にずっと取りに行ってしまうことがある。
・わかってほしい
・認めてほしい
・謝ってほしい
でも、それが叶わない相手やった場合、
そこで止まり続けると、自分の時間が削られていく。
だからあなたの言う
「自己と対話して埋めていく」
これはめちゃくちゃ現実的で、強い選択やと思う。
しかもこれって、
・自分に安心を与える練習
・自分の味方になる練習
・自分の人生の主導権を取り戻す作業
でもあるんよね。
ただ一つだけ付け加えるとしたら、
“全部を自分一人で埋めなくていい”
ってこと。
信頼できる人との関係の中で、
少しずつ「体験し直す」こともできる。
・安心して話せる人
・否定せずに聞いてくれる人
・そのままでいていいと感じられる場所
◾️まとめ
子供は
親からもらえなかったものは
後から補いたい生き物である。
後からゆっくり土台を作ることもできる。
自分で埋める部分と、
人との関係で育つ部分。
両方使っていい。
「自分を生きる」って、
ゼロから完璧になることじゃなくて、
足りなかったものを知って、
どう扱うか選び続けることやと思う。
あなたはもう、その入口に立ってるし、
ちゃんと前に進んでる。
●趣味が多い
ADHDの私、
「趣味が多いですね」
って言われるけど、
あれ、
優雅な人生ではない。
脳が“次の刺激”を探して
常に徘徊している状態である。
昨日まで
「これが人生!」くらい
ハマっていたものに、
ある日突然、
脳が「飽きた」
と宣告してくる。
しかも、
集めるところまでは異常に早い。
道具そろえる。
動画見る。
知識調べる。
関連グッズ買う。
この初速だけは、
プロ並みに速い。
●同じ熱量をキープすることが苦手
でも問題は、
“維持”である。
気づけば、
・途中の教材
・開封しただけの道具
・3回しか使ってない趣味グッズ
それらが部屋に静かに積み上がる。
そして脳はまた次の
「今度こそ人生変わる趣味」
を探し始める。
もう、
趣味というより
ドーパミン採掘作業。
しかもADHDは、
「好き」が本気すぎる。
普通の“ちょっと興味ある”
では止まらない。
急に人生レベルで
研究を始める。
寝ずに調べる。
語り出したら止まらない。
関連商品を比較し始める。
でも数週間後、
脳内ブームが終わる。
すると今度は、
散財した現実だけが残る。
だからADHDの多趣味って、
外から見ると楽しそうだけど、
本人の中では、
「また管理できないもの増えた…」
という、
静かな自己嫌悪もセットだったりする。
でも最近思う。
●ドーパミンを浴びていないと不安になる
ADHDの多趣味って、
“飽き性”というより、
脳が「新しい刺激」で
生き延びようとしている
部分もあるんだと思う。
だから完全否定すると、
逆に心が死ぬ。
だから私は、
「全部極めなくていい」
に変えた。
◾️まとめ
ADHDの趣味は一瞬ハマっただけでも、
人生に色は増えている。
3日で飽きても、
その3日は本気だった。
そう思うようにしたら、
少しだけ地獄が
住みやすくなった。
●特性にカテゴリする
ADHDの私が長年生きてきて思うのは、
ADHD、
ASD、
HSP。
こういう言葉って、
世の中ではひとまとめに
語られやすいけど、
実際は、
同じ名前で呼ばれていても、
困り方は全然違うということだった。
同じADHDでも、
予定変更で頭が真っ白になる人もいれば、
人間関係の空気で強く消耗する人もいる。
片付けが苦手な人もいれば、
逆にこだわりが強すぎて、
細部に時間をかけすぎる人もいる。
刺激を求めて動き回る人もいれば、
刺激が多すぎると、
脳が一気に疲弊する人もいる。
つまり、
「ADHDだからこう」
「ASDだからこう」
みたいに、
単純には分けられない。
だけど昔の私は、
そんなこと全然わかっていなかった。
私は昔、
“できない理由”を
全部、自分の性格の問題だと
思っていた。
忘れ物が多い。
予定管理が苦手。
一つ予定が入るだけで、
他のことが全部止まる。
急かされると、
頭が真っ白になる。
人に合わせ続けると、
あとから動けなくなる。
でも周りを見ると、
みんな普通にできているように見える。
だから私は、
「自分がだらしないんだ」
「努力不足なんだ」
「気合いが足りないんだ」
そうやって、
ずっと自分を責めていた。
特に昭和の時代は、
今みたいに
発達特性という言葉も
一般的ではなかった。
だから、
「なんでこんな簡単なこともできないの?」
「普通はできるでしょ」
そう言われることが多かった。
そして一番きついのは、
周りに理解されないことより、
自分自身が、
自分を理解できていないことだった。
●普通ということ
私は長い間、
“普通になろう”
としていた。
みんなと同じように頑張れば、
いつか追いつけると思っていた。
でも、
どれだけ頑張っても、
できることと、
どうしても消耗することがあった。
例えば私は、
予定変更が続くと、
脳が急激に疲れる。
次に何を優先すればいいのか、
頭の中で整理できなくなる。
そして、
小さな判断が積み重なると、
一気にフリーズする。
逆に、
流れが見えていると安心する。
事前に準備できると、
かなり落ち着いて動ける。
つまり私は、
「臨機応変が苦手」で、
「予測可能だと力を発揮しやすい」
という仕様だった。
でも昔は、
そんなふうに
考えたことがなかった。
ただ、
「もっと頑張らなきゃ」
と思っていた。
しかし、
自分の特性を理解するようになってから、
考え方が大きく変わった。
私はまず、
“何に困るのか”
を書き出した。
どんな時に疲れるのか。
何があるとフリーズするのか。
逆に、
どういう環境なら動きやすいのか。
それを一つずつ、
観察していった。
すると、
少しずつ見えてきた。
●己を知る
私は、
急かされると精度が落ちる。
マルチタスクが続くと、
脳がオーバーヒートする。
人と長時間一緒にいると、
回復時間が必要になる。
スマホを無意識に触り続けると、
集中力が削られる。
逆に、
一人時間があると回復する。
頭の中を書き出すと整理できる。
予定の空白があると安心する。
事前準備ができると動きやすい。
つまり、
「自分の取扱説明書」
みたいなものが、
少しずつ出来上がっていった。
ここで私は、
すごく大事なことに気づいた。
それは、
“気合い”より、
“対策”の方が大事だということ。
昔の私は、
無理をして頑張ることが
正しいと思っていた。
限界まで耐えて、
動けなくなって、
そこでやっと休む。
でもADHDの私は、
そのやり方だと壊れる。
なぜなら、
疲れを感じる頃には、
もう限界を超えているから。
だから必要だったのは、
頑張り方を変えることだった。
無理に普通に合わせるより、
予定を減らす。
疲れる前に休む。
苦手を仕組みで補う。
環境を整える。
自分に合わない場所から離れる。
そういう
“自分仕様の生き方”
を作ることだった。
自分を知らないまま
無理を続ける方が、
ずっと危険だった。
ADHD、
ASD、
HSP。
名前は同じでも、
困り方は一律ではない。
だからこそ、
誰かの正解を
そのまま真似しても、
うまくいかないことがある。
◾️まとめ
大事なのは、
「自分は何で困るのか」
そこをちゃんと知ること。
どこでつまずくのか。
どこでエネルギーが削られるのか。
何ならできて、
何だと急激に消耗するのか。
そこが見えてくると、
人生はかなり変わる。
対策ができる。
無駄に自分を責めなくなる。
「努力不足」ではなく、
「やり方の問題だった」
と分かる。
そして、
少しずつ、
“壊れない生き方”
を選べるようになる。
私は、
それが本当の意味での
自己理解なんだと思っている。

