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●自分の周りは自分の鏡
ADHDの私は、
人生の進み方を迷ったとき、
いつも「自分の周りにどんな
人が増えているか」
で判断している。
尊敬できる人に
出会うことが増えたときは、
だいたい私の人生は
いい方向に進んでいる。
逆に、「どうしようもない人」
「雑に人を扱う人」
「人の時間を奪う人」
と出会うことが増えたときは、
だいたい私が無理をしていたり、
環境を選べていないときだ。
環境が変わると、人間関係の
質も変わる。
だから私は、人との出会いを
「生き方の鏡」みたいに
使っている。
●自分の感覚
ADHDの私は、自分の感覚
だけを基準にするとすぐ迷子になる。
気分で走り出したり、
勢いで選んだり、刺激に
惹かれて失敗したり。
だからこそ、「今の私の周りに、
どんな人がいるか?」
という視点は、人生の
ナビゲーションみたいな
役割をしてくれる。
●類は友を呼ぶ
丁寧に生きているときは、
丁寧な人が近くにいる。
挑戦しているときは、
挑戦している人と出会う。
自分を大事にしているときは、
自分も人も大事にする人が
寄ってくる。
そして、自分を雑に
扱っているときは、
不思議なくらい、
同じように雑な人
が集まってくる。
人生って、すごく正直だ。
●友達がいない
でも私は、友達が1人もいない。
飲み会の常連もいないし、
誰かと群れる習慣もない。
LINEのグループも、
全然続かない。
気づけば、いつもひとりで
歩いている。
その理由は
わたしの本音を
共有できる人は
いないから
みんな本当は
言いたいけど、言えないことが
あって
私はその数がすごく
多いんだと思う
人がする
行為に、いちいち
疑問符がつくから
自分のやり方は
自分だけで
貫き通そうと思う。
友達がいないことは
不幸だと
言われることもあるけど、
わたしは「不幸」
だとは思っていない。
むしろ、「友達とは何か?」
がよく分からないまま、
大人になった。
●人との距離感の取り方
がわからない
小さい頃から、人との
距離感が難しかった。
仲良くなりすぎると
疲れて離れ、離れすぎると
寂しくて近づき、結局バランス
が取れない。
相手に合わせすぎて
消耗したり、頑張りすぎて
空回りしたり。
気づけば、「ひとりで
いる方が楽」という結論
に落ち着いていた。
世間では「友達がいる=幸せ」
「人脈が広い=成功」みたいに
言われることも多い。
●ひとりでいることが好き
でもADHDの私は、
たくさんの人の中で生きると、
心が摩耗してしまう。
会話に意識を配り、
空気を読み、記憶をつなぎ合わせ
、気を抜けないまま帰宅すると、
どっと疲れる。
それを繰り返すうちに、
「私には静かな世界の方
が合ってる」と分かってきた。
ひとりでいるけれど、
孤独ではない。
私には、「尊敬できる人たち」
がいる。
数は少ないけれど、
深く学ばせてくれる人。
人生の背中を見せてくれる人。
静かに刺激をくれる存在。
会う頻度は少なくても、
心の中で「勝手に師匠」
みたいに感じている人たち。
私の世界は狭い。
でも、その狭い世界の中の
人たちは、とてもあたたかい。
●自分のクオリティーを上げたい
友達がいない私にとって、
「誰とつながっているか」よりも、
「どんな人と出会えているか」
の方が大切だ。
広さより、質。
数より、深さ。
それが、私の生き方。
🔳まとめ
ADHDの私は、今日もまた迷う。
この進み方で合っているのか。
この選択は正しいのか。
そんなとき、私は静かに
周りを見る。
もし今、尊敬できる人が
近くにいるなら、
きっと私は、少しだけ
いま向かいたい方向に歩けている。
そしてそれだけで、
もう十分だと思っている。


