らぁめん会長のブログ

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RPGツクール製のゲームとラーメンが好きな中学男子のブログです。

プレイしたフリゲの小説を作ったり、食ったらぁめんの感想書いたりしてます。

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んじゃあ、本日2本目は友人にはなしを聞いて興味を持ったとある軍人について。

名は シモ・ヘイヘ(ハユハ)。渾名は「シムナ」。
フィンランドのソヴィエトよりの山間部の農村に産まれた農民。
これだけ聞くとただのヨーロッパのおっさんを連想するだろうけど、本題はここから。

1925年、15ヶ月の兵役義務によってフィンランド国防陸軍入隊。新兵訓練期間を第1自転車大隊で、下士官学校を経て兵長となり、残りの任期を第2自転車大隊で過ごす。兵役期間後は予備役となり、民間防衛隊に入隊。

その後の1939年にフィンランドとソヴィエトの間におこった冬戦争で彼の潜在能力が発揮された!
この戦争でついた二つ名が「死の妖精」もしくは「白い死神」。
戦場では、誰もが人を殺す。そんな世界ではみんなが悪魔であろう。しかし彼はそんな悪魔をも凌駕する「死神」であった。

話を戻して、彼のこの戦争での所属は狙撃兵。この時の采配はヨーロッパの撃墜王の実兄がとったんだよ。
-20~-30という酷寒の中、真っ白いギリースーツを身に付けて戦地に赴いた彼ら。
コッラー川近辺の丘で、ソヴィエトからの防衛戦を開始。
この時の兵の差が激しすぎる。
赤軍(ソヴィエト)4000人に対し、ハユハ含めるフィンランド軍は僅か23人。
普通ならば、1時間もしない内にフィンランド軍は負けるよな。

違ったんだよ。
この3ヶ月後の冬戦争終戦まで、この中隊は持ちこたえたんだよ。
死者0で。

ハユハはとんでもない狙撃の名手で家にはそのトロフィーがたくさん飾ってあった。それだけでなく、サブマシンガンの使用を得意として、負傷するまでのおよそ100日間まででこの二つを使って歴史史上最大の確認戦果505名を殺したのであった!!
一日5人は殺してるよ。
さらにあくまで「確認」戦果。
その他にもめっちゃ殺してるとされてるから.....。

最初の二つ名がしっくりくるわけだよな。
ギネスに乗れよ...。

ちょくちょく思うんだけどさ、紫鏡とか、さっちゃんの意味とか、不気味ちゃんとか、この辺の「この話を聞くと○日以内に同じ目に会います」って言う都市伝説(怖い話)があるじゃん?

これらが怖いって呼ばれる理由はさー、「自分に厄災が降りかかるかもしれない」っていう危機感からでしょ?

それってどうなの?
怖い話じゃなくて、犯行予告じゃん。そりゃあみんな怖いよ。
見に危機が迫っているのに、こわいと感じない方がおかしいだろ?

怖い話ってーのは、自分カンケーなしにその話の中身で勝負するもんじゃないかな?って思う。

つまり、何が言いたいかっていうと、付加価値に頼るのではなく中身で勝負しろってことだよ。

今日のブログは短かったからも一個ぐらいうpろうかな?
そいじゃ、またあとで!







よっす!
知ってます?
暑いときに熱いものを食べると、体温を下がりやすくなるそうですよ。

つーわけで、俺には夏だからといって冷たいものを食べることは殆どないんですねw
あっつーいラーメンであっつーい夜に立ち向かいますよ。

今回食べたのはインスタントラーメンの王道
「チキンラーメン」です!
評価
味の濃さ:◎
麺の硬さ:○
具の調子:◎(特にほうれん草)
量 :△
バターとの相性:/
胡椒との相性 :×
卵との相性 :☆


前もちょろっと話しましたが、こいつもまたとにかくうまい!
ちぢれためんの凹凸具合はスープそして卵を染み込ませる最大の武器!スープと卵を吸い込んでいるのにもかかわらず、コシがあり、喉の通りが良い!
昔ながらの懐かしい鶏だしがまたいい!
チキンスープと卵の相性が良く、麺がなくなってもスープをごくごくと飲んでしまう旨さ!
王道、しかし無類の旨さを誇るのがよいところ。
また、無類故に下手に調味料を入れると味が壊れてしまうのであまり、おすすめしまでん。

ここでチキンラーメンを美味しくいただくためのポイント!
チキンラーメンはゆでるのではなく、丼に開けて、お湯をかけるのがおすすめ。
卵ポケットに生卵を落とし上からお湯をかけて...。
「三分間待ってやる!」byムスカ
最近彼が仲間だって事に気づきました。

まぁ、それはさておき、2分半ぐらいで一度蓋を開け、卵の黄身を割って、その上に麺をおき、もう一度蓋をして40秒ほど待ってから食べるのがとても良いのです!
麺に卵がちょうど良く絡んでより一層、チキンラーメンを美味しくいただけます!





昨日、「サマーウォーズ」やってましたねー。見てて、心にズッガーンときた言葉がありましたので、それについて今回は話したいなと思います。

健二くんがラブマシーンにはなった一言。
「ネットの中だからって、何やっても許されるわけじゃないんだぞ!」

実は、おんなじような事をFacebookでもノートに書いた事があったのですが、その時も同じような事を書きましたので、重なるような事を言うのはなるべく控えますね。

ネットだって、人間社会の延長。マナーも、ルールもある訳ですよ。

それなのに、今のネット社会はどうなんでしょうか?
ルールを守らない人間が増えすぎています。
そんな人たち曰く、
「ネットと社会を一緒に考えてるヤツはネット依存症だ。」
だそうです。
頭湧いてますね。
俺もネット依存症ですか?
ふざけるな。

あんたらは、同じ画面を見ている人間を人間だと思わず無感情な機械だと思い込んで、好き勝手にやりたい放題傷付けて楽しんでいるだけだ。
ネットを使う権利なんて微塵のかけらもないね。

そもそもネットってのは、
net work(=網状の繋がり)って意味だ。その中に、Inter(=広い範囲)という意味が繋がって、「広い範囲での、網上の繋がり」って言う事になる。

確かに、その「繋がり」の中にも、趣味嗜好や、年齢、職業などと言った、様々な「繋がり」があるけれども、どれも良い意味での「繋がり」だ。
それなのに、わざわざ相手をストレス発散の道具にしたり、全員でいじめたり、喧嘩相手にする必要なんてあるのでだろうか?

答えは単純にして明快。
「ダメだ」

道徳心や、相手を尊重する気持ちのない奴はネットを使う意味はない。


こんちゃす。
土曜日は必ず麻生のミスドでブログ記事を書いてる主です。

今朝、ちょっと早起きして新聞を読む時間ができたので、読んでいたのですが、見てて「あり得ない!」と思えるような記事が2つほどあったのですよ。
なんで、今回はそれについて考えて書いてきたいと思います。

書きながら考えていくので、かなり長文になることを覚悟でご覧ください。

題名通り、少年犯罪について、考えたいのですが。
今日見た二つの記事は、
1認知症の女性から、学生グループが金をだまし取った
2中学生2名が近隣の小中学校に「爆弾を仕掛けた」などと迷惑電話をした
という二つの事件があったのです。

ホント、見た瞬間唖然としましたね。
俺と同い年ぐらいの子供がこんなことをするなんて。万引きやら、未成年者の喫煙・飲酒よりもたちが悪いですよ。あ、別にこれらを軽視してるわけじゃないですよ?事が重大だって事を言いたいんです。
立派な犯罪ですよ。
愉快犯でもやらかす事がとんでもなく重い。

じゃあ、事件別に事件を書いて行きましょうか。

1の事件。
大きな問題は、社会的弱者(こう言い方自体問題かもしれませんが)に対して甚大な被害を与えた事です。また、こういった方を狙うという、彼らの残忍さも隠れているように感じます。
「簡単に騙せるだろう。」などという考えから行動したのではないでしょうか?
これを許せますか?
相手を差別して見下した挙句に、お金をだまし取る。道徳とか、もはやそんな綺麗な話では片付けられない話ですよ。
今、「差別」と言う言葉が出てきたので、ちょっと絡めて言いますが、部落差別と言うものが本州以南には存在しているらしいですが、もし、部落が原因で差別を受けている人がいるとするのなら、彼らを差別、さらには軽蔑している人間こそが差別を受けるべきだと僕は思います。
(日本国憲法の精神に反していないと証明するために言っておきますが、僕は差別、軽蔑する事に賛成しているわけではありません。そのような差別のある世界は正しくないと言う事を伝えたいためのオーバーな表現です。)

2つめの事件について
ここの問題は、少し考えれば分かるような社会への大きな影響を軽い気持ちで与えてしまった事です。
運動会を楽しみにしていた小学生や、その日の授業を楽しみにしていた学生たち全員へ迷惑をかけたわけです。同い年の仲間にです。
日頃よく言われる、「相手の気持ちを考える」て言うことができていない証拠だと思います。
確かに、瞬時にもそんなことができないのは明らかなことです。ですが、何かあってからでは遅いのです。何かが起きる前に、そう言ったことを身につけなければなりません。
「相手の気持ちをかんがえる」と言うことは、いじめにもつながっています。自分の地位を守るため、周りからの注目を浴びるために、他人を傷つけても良いのでしょうか?
いじめだって、一歩間違えれば差別問題であり、人権の侵害です。
許されるわけがありません。

なぜ、いじめが起こるのだろうか?
そう考えた時の原因は、相手の悪いところが目に付きやすいと言うてんにあると思います。これはネットの知り合いとも話していたんですが、その人のことは、良くも悪くも、その人自身しか理解していないんです。
その中で、他人から表立って見えるのは悪い点なんですね。
いじめには大きく分けて2種類あるんです。
1つ目は、相手の悪いところしか目に付かず、そんな状態で相手のことを良く知りもせずにいじめるパターン。
2つ目は、相手と知り合い、良く話して、相手のことが良くわかった上で何かが原因となって、いじめるパターン。

たちが悪いのは1つ目ですね。
相手の事を良く知りもしないのに、なんでいじめなくてはならないのでしょうか?
よく話してみれば、良い人かもしれない相手を敵視していじめるなんておかしいでしょ。
「いじめられる側にも原因がある。」と言い出す人たちに言いたいのですが、
いじめられる人間がいじめられる原因をなくすチャンスを与えましたか?
自分は相手を傷つけたくないなどという考え方は実に偽善的です。
きっぱりと言いすぎるのも問題かもしれませんが、相手の良くないところは、自分から、改善するように呼びかけていくべきだと思います。

2つ目のパターンの予防は、実に簡単な事です。
あまりそりが合わないなという相手とは距離を取る事です。二匹の雄のサイだって、柵を一つ設けるだけで争いを起こしません。




....とまぁ、結局何を申し上げたいかと言うと、人の気持ちを考えてあげられる人が減っていると言いたいのです。
「死ね」・「デブ」・「ブス」・「キモい」そんな風に相手を傷つけるような言葉が日常的に飛び交いすぎています。
もっと、相手の事を考えて言葉を発するべきですよ。一度口から出てしまったものは、もう二度と取り消せない。その一言が、その口が、誰かを傷つける凶器となるんです。

さらには、皮肉な事に相手の気持ちを考えてあげられる優しさを持っているのは、いじめられっ子が多いと言う事です。
こんな事があって許されるんですか?

人の気持ちを考えられる人を育てる環境。いじめに便乗する事がない環境。人を傷つける言葉が簡単には出てこない環境。
そんな世界を、僕たちは作っていかなければならないのでしょうか?