山のてっぺんの木が伐られ、平らに均され、見るも無惨な姿の山を時々見かける。

これから太陽光パネルを並べるのだろう。

なんか氣になってくると、車で田舎道を走るたびにやたらと目に付いてくる。

 

Googleマップで調べたら、至る所で太陽光パネルが光っている。

もうすでにこんなに叫び叫び叫び

 

 

原子力発電。

使用済み核燃料や核汚染物質は子々孫々まで管理し続ける必要がある。

今の私たちの生活の尻拭い。

 

太陽光パネル。

あと20年もしないうちに、こちらも廃棄処分が問題になるのだろう滝汗

放置されたパネルからは有害物質が流れ出す。

山奥に作られたメガソーラー施設が放置されてしまうと、そこから流れ出る有害物質が今後私たちの飲水を汚染していくこととなる。

 

いつまでもあると思うな会社とカネ。

 

補助金目当ての会社ですからね。

良心的な会社であったとしてもお金が尽きればそれまでですからね。

どうなっていくのでしょうね。

誰が後処理をするんでしょうね。

 

 

今の私たちの愚かな振る舞いが子々孫々まで影響する。

作らないでほしいのに、再エネ賦課金、そんなものを払わされて加担させられているムキー

ほんと、理不尽です。

 

 

 

山が泣いてるショボーンショボーンショボーン

木が悲鳴をあげている泣くうさぎ泣くうさぎ泣くうさぎ

 

松枯れやナラ枯れは松くい虫なんかのせいじゃない。

土が力を失っているからだ。

山が荒れ、山がもろくなり、山から流れ出た土砂は田畑や海を直撃する。

 

その悪循環をますます加速させている風力発電や太陽光発電。

どこまでも愚かな私たち人間。

 

 

 

 

 

でもなんかさ、頑張ってる人もたくさんいる。

いろんな人がいろんな所で声をあげている。

メディアの声にかき消されて聞こえてこないだけ。

そう思うと、私だってなんでも良いから、少しでも良いから頑張らなきゃって思う。

 

 

みんなチェーンソー片手に山に入ろうビックリマーク

伐った木で薪をつくり、ご飯を炊いてさ、絶対に美味しいし楽しい。

 

山の急斜面で下草刈りに汗を流し、畑で育てた枝豆をおつまみに乾杯する。

最高のひととき。

 

週末はみんなで山に入ろう!

そう思うんだけどな。

 

 

ダラダラ汗を流そうメラメラ

中途半端が一番氣持ち悪いから、どうせならダラダラ流す方が良い。

身體(からだ)の中の老廃物がどんどん抜けて元氣になれるから!

 

暑い夏こそ、山仕事だ!

そう思うんだけどな。

 

 

 

炎天下の中働く大工さんが、”冬より夏のほうが好き。働いたあと水浴びしたら氣持ち良いじゃないですか!”って言ってたのが今ではよく分かる。

ちょびっとの汗は氣持ち悪い。

でもダラダラの汗は心地よい。

 

この夏から外での仕事にシフトした私は氣がついたのです。

汗かくって最高に氣持ち良い!!!

 

 

 

治山・治水は人任せにしない。

食料生産も人任せにしない。

 

何もかもをする必要はないけれど、”生きる”ことに関わる根本的なことは人任せにしてしまってはいけないと思っている。

少しで良いから関わること。

 

そうしたら見えてくる世界があると思っています。

 

できないことのほうが多い私が言うのもなんですが。。。てへぺろてへぺろてへぺろ

 

 

 

 

 

自然農、自然農法、自然栽培、自給農・・・

いろんな言い方や考え方でこんなところにも対立が。。。

 

私もカービーさんに賛成です!

言い方なんてなんだって良いんです。

要するに、山も田畑も海も、放置されているのが良くないのです。

人が手をいれる。

自然に添って手をいれる。

 

山に入る、田畑に入る、海に入る。

必要なのはそこなんだと思います。

 

 

 

昨日、ようやく茅の輪をつくりました。

小さい小さい茅の輪ですウインク

くぐれないので、手にはめて畑仕事をしました。

 

 

茅の輪くぐりは今日か明日にでも神社に行ってこようかな〜。

本当は夏至の日にするのが良かったみたいですが。。。

 

 

 

「恥ずかしさと不安と恐れと依存心を手放して、ひとりで12月22日までに3回以上イベントに出店、または開催する。」

 

そんな誓いをたてました。

まずは一歩です。

小さくても一歩です笑い泣き笑い泣き笑い泣き

さてさてどうなりますことやら。

 

世界は大きく動いています。

今までも、これからも。

その波に飲み込まれず、しっかり立って、自分自身の人生を歩いていきたいな〜と思っています。

 

こころの赴くままに照れ照れ照れ

 

 

 

 

マイ箸ブームが起きたのはまだ子どもが小さかった頃だから、かれこれ20年ほど前のことでしょうか?

今となってみれば、お箸のケースや箸袋をあれこれ買い漁って何をしていたんだろう?って反省しきりです。

 

結局割り箸から形を変えた消費に駆られていたにすぎませんゲローゲローゲロー

今ならなんとなくわかります。

エコバックと構図は同じ滝汗滝汗滝汗

 

 

結局エコになったとは到底思えず、失ったもののほうが大きいのかもしれません。

使い捨てが悪!とは言い切れない場合もあるんですね。

 

環境に良いとか悪いとか、安いのが良いとか良いとか良いとか、、、。

そんなことに踊らされて、日本の産業は衰退し、日本の山は荒れ放題です。

 

当時取るべきだった行動はマイ箸を持ち歩くことではなく、国産材の割り箸を使うこと。

割り箸問題から、国産材の置かれている現状に目を向けることだったのです目

 

そんな視点があれば今の世の中、もう少し違っていたかもしれません。

 

 

 

 

何を大切にすべきか?

何を優先すべきか?

を考えることによって、選択するものが変わります。

 

なので、環境問題だと言われれば無条件にひれ伏して従っていた自分が歯がゆいです。

これは本当か?と自分で確かめて考えることの重要性を感じています。

 

当時はインターネットもなかったし仕方ないやんね、と言いたいところですが、マイ箸ブームの中、既にこんな本が出ていたんですね。

ネットがなくても、情報は探せばあったわけです。

 

「割り箸はもったいない?ー食卓からみた森林問題」田中淳夫著

(以下、「」内はこの本からの引用部分です)

 

この中に

「私自身が塗り箸を持ち歩く運動に与することはあるまい。それは、割り箸の心地よさを捨て去る気にならないことが一つ。そして塗り箸を持ち歩けば、自分は森林破壊に関与していないという発想に違和感を感じるからだ。そこには、鼻持ちならない独善性が潜んでいるように思う。

とあります。

 

鼻持ちならない独善性!ですかゲッソリ

でも残念ながら、確かに!!!です。

 

マイ箸を持ち歩きさえすれば森林保護に貢献できてるって信じてましたから。

マイ箸を持ち歩いている私はエライ!って自尊心をくすぐられていましたから。

なんと浅はかなガーンガーンガーン

 

 

「割り箸はどのように作られているか?

材料は何で、どこから調達しているか?

自分の手元に届くまでどんな流通ルートを通ったのか?」

 

と話は続きます。

そして

 

「さらに言えば、塗り箸に対しても同じことを問いたい!」

 

至極もっともな切り口です。

当時の私には思いもよらなかったですが。。。

 

 

 

結論です。

 

外国産材の割り箸はとても安いですが、エコではありません!

外食産業で使われている洗い箸も、別段エコというわけではありません!

(洗い箸はプラスチックがほとんどですし、水や洗剤といった洗浄にかかるエネルギーやコストは国産材の割り箸を使う場合と変わらないという試算があります)

 

割り箸から見た環境問題2013

 

 

なので、国産材の割り箸をどんどん使いましょう〜

 

 

国産材の行き先がなければ、木は伐られず、山は放置されます。

 

割り箸は使い捨てのためサイクルが短く、山を守り、村の経済を継続的に支えることができる優秀な代物なのです!!!

 

 

 

 

時々、上等な割り箸を出してるお店に出会います。

吉野杉でしょうか?

 

そんなときはつい、お箸を持って帰りたくなる私です。

だって素敵なんですもん!

だってもったいないですもん!

(昭和生れの私はもったいない精神にあふれています笑笑)

持って帰って菜箸にしたりして使い捨てています。

 

そして最後は焚き火の焚き付けに。

 

そうやって循環させるべきものは循環させていく

そんな暮らしを目指しています。

 

 

良いものは良い!

多少お金はかかろうとも、日本の良いものを使い、残していきたい!

そう思っています。

 

それが日本の山や田畑や海を守る一助になると信じています。

 

 

 

「割り箸は、もっとも身近な木製品」です。

軽くて使い勝手の良い吉野杉のお箸。

木目も美しく、手に取った感触も素敵です。

 

どんなお箸を使うのか?

ちょっと立ち止まって考えていただけたらなと思っています。