昨日、図書館に行った。
お目当ての本はないって、分かっていたけれど行った。
そして、その本は案の定無かった。だよな~っと変な安堵感。
予約数は47とあった。
じゃぁ、この本をサニーが読めるまであとどれくらいだろう?なんて考えられなかった。いつか時間と金ができたら、買うとして、もうこのことは忘れた。
そこで、別の本を借りた。
村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」を借りた。
村上春樹のエッセーとか、短編がとても好きだ。多分人生で一番笑わせてもらったり恐怖したりさせてもらっていると思う。
何だったか、友人が話してきて今パッと思いついたエッセーの内容がある。村上さんが若かりし日に住んでいた東京の街で、ある日空を見上げたらブラジャーが飛んでいた?風に舞って空を浮遊していた?話だ。
これだけ聞くと、ん?って感じだけど、面白っかったんよなぁ。そのほかどのエピソードも面白くって和む。
話を戻して、今日は、「走ることについて語るとき僕の語ること」を読んだ。
第6章1996年6月23日 北海道サロマ湖 「もう誰もテーブルを叩かず、誰もコップを投げなかった」という章を、なんとなく読んだ。
この章では、彼が北海道で開催された「サロマ湖100キロウルトラマラソン」というレースに参加し、完走した時の話だ。完走はできたが、その過程で身体的・精神的に訪れた色々が記してあった。
僕がぽーんと頭で想像するに100キロ走るって、多分無理。今死に物狂いで頑張って15キロが限界だろうなぁと真面目に思う。
100キロなんて、、、
読み進めているうちに、僕自身の似たような経験を思い出した。
もうダメかも、本当にダメかも、、でもはるばる来たのにここでリタイア??それも嫌だ!!とにかく足を動かすしかねぇ!という心境から、ゾーンに入って体はもう疲れ切っているというのに、ゴールまで無双状態になってるという体験。
2つあるのだけれど、今回はそのうち一つを綴りたい。
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僕が10代のころ、はじめての一人旅。
確かその旅も丁度今の時期、梅雨に入るか入らないかの時期だった。天候を気にしながら旅に出かけた。
僕は、初めての一人旅に加えて、緻密に計画を立てた割にはバッコーン!ととんでもないところで抜けている癖がある。
行った先は、石垣島と鳩間島と竹富島。
とにかく、綺麗なブルーの海が見たくて見たくて行った。
5泊6日だったかな。そのうちの2日目か3日目の出来事だ。
石垣島の市内から、確かバスで北上して、とあるアクティビティにチャレンジした。
道中のサトウキビ畑に感動した。歴史も知らないで、とにかく自分の中の石垣島のイメージと、とにかく綺麗な海がみたい!というだけで来た。
僕がチャレンジしたのは文字通り空中ブランコだ。大きなプロペラを担いで海沿いの浜?空き地?から上昇し、眼下に広がる美しい海を空から眺めるという贅沢。
もちろん一人ではなく、インストラクターみたいな人が、僕をヒョイと乗せていてくれる形だった。結構プロペラの音がうるさかった。
からこそその分、ある程度上昇した時点で、プロペラの稼働を切り、ただ空中に浮くという時間があった。その時の静かさや風の音が今でも忘れられない。
最高な体験ができたことと、自然に感謝してアクティビティを終えた。
【この里芋の葉っぱみたいな植物を、石垣島や竹富島の至る所で見かけた
観葉植物でこれに穴みたいな葉っぱのやつ見たコトあるけれど、それに似てない?
これ、芋ついてるのかなぁ】
そこからだ。アクティビティ後、僕はこの場所、石垣島の北部から南部の市内まで何故かわからないけれど、電動自転車で帰るというプランを立てていた。多分自然を満喫したい‼と思ったんだろう。確か、その電動自転車の充電を2本渡されて、1本で25キロ走れたと思う。
つまり、50キロを自転車で、そして日が暮れるまでに疾走しなければならなかった。
そして、おそらく2本で足りると思う!とチャリ屋の人も言っていて、大丈夫いい感じに足りるよ!という充電を与えてもらった。
その日は、既に市内に安宿を取ってあり、そこに着かなければ野宿する以外なかった。
なぜなら、市内まであまり建物がなく、なにより僕自身、安宿意外に泊まる金がなかった。観光客も多く当日に安宿に泊まれるかも運次第だと思っていたと思う。
距離感も暑さも地理も分からない観光客の無謀な試みに、レンタルチャリ屋のおっちゃんも引いていた。
そして、まんまるパンッパンのリュックを背負うに、あまりにも不釣り合いのガリッガリの僕の体をみて、「正気か?」と言いたげな顔だった。
「(良かったらというか、出来たら)荷物持って行ってあげるよ!」
と声を掛けてくれた。7キロくらいの重さだったその荷物を、必要なものだけ抜いて小さなリュックに詰めなおして、重たい方を持って行ってもらえる事となった。
正直、持って行ってもらわなかったら、絶対的に途中リタイヤの路上で干からびていたことは確実だ。あの時のチャリ屋のおっちゃん本当にありがとう。
僕は、身軽になり、最高の気分で畑道の真ん中から島の南部に向けて出発した。
途中に軽食でも取って、あとは、ガジュマルの森みたいなところとか川平湾も行きたいなぁ~と呑気に考えながら、スタートした。
途中ありとあらゆる寄り道するのが楽しみだったのを書いていて今思い出した。
【途中に寄った。水が流れていて、そこで足を休めた。右は竹富島の。趣のある建物だったから、写真を。集会所かな?】
とにかく、電動自転車の漕ぎに対して進みの凄い事!
ママチャリしか漕いだことなかった僕には、電動自転車のギュイーンという動力に感動した。この様子じゃヨユーで早めに着いちゃいそうだから、たぁあぁぁあくさん寄り道しなきゃ!と心弾んだ。
僕は、海沿いのカフェに目を付けた。ネットには綺麗な海と美味しそうなご飯の写真がばっちり写っていた。ここに寄ろう‼絶対ここで旨そうなこの飯食って、今日は安宿で乾杯だ~とチャリチャリした。
漕ぎながら、さっき、大きなバックから必要なものを抜いた時の光景を頭の中で考えていた。(えーっと、ハンカチとティシュとペットボトル2本と、あとセンスとサングラス。あ、あとスマホとセルカ棒持ったなぁ)はっ!!!!!
財布
今回の旅、財布は2つ持って行っていた。
長財布の方に、大きなお金やカードを入れていてカバンから基本出さない方。ちっさい財布は持ちまわる方。何故かそう決めていた。
その、どっちもを大きい鞄に入れっぱなしだったことを、頭の中の映像で、はっきり浮かび上がった。長財布はバックの一番の背中側奥の細長いポケットに、ちっさい財布は一番手前の上部のチャックのポケットに入れたままだ。。。。
身分証も旅の金もすべて入れたものを、慌てていたとはいえ、丸ごと預けるって、、、、僕不用心すぎやん。
おっちゃんを信頼してないわけでは全くない。それは、とても確かだ。ただ、これから旅をする中で、こんなんでは僕自身が発端でとんでもないトラブルになってしまうこともありうるだろう。あとから、悔しがっても取り返しのつかないことになっても、一人旅ではすぐに笑い話にもならない。こんな不用心じゃ自己嫌悪まっしぐらだ。
っと、石垣島の美しい一本道の農道を一人、レンタルの電動自転車を漕ぎながらソワソワワナワナ迷走してしまった若い青年がそこには居たのだった。
僕は、自転車を漕いでる感覚が徐々になくなってきた。軽いはずの電動自転車、何だか進みが悪く感じた。
まだまだ序盤なのに、これから何十キロと今ある持ち物で疾走しなくてはならない。
あの旨そうなお店には行けても、、、飯食えんやん
最初は結構無心だった。湧いてしまった焦燥感がゴールすることだけに集中させた。
でも、しばらく漕いでいるうちに、景色に慰められた。
なんも食えないけど、とにかく島を満喫すりゃいいじゃねぇか!そして、今度はちゃんと金を持って、今回目星をつけたところに来たらいいじゃない!と開き直ると、もう最高だった。
チャリをブンブン漕いで、全身で島を体感した。こりゃ~うまい夜飯が食えるなぁと考えると、もう疾走は止まらない。
何よりも、最後の海沿いの疾走はたまらなかった。太陽が傾き海が金色だった。
僕はもう死んでもいいなぁと思った。ここは最高だなぁ。結構後半、道のアップダウンが激しいゾーンがあり疲弊していたし、時間的な都合で川平湾はあきらめてしまったけれど、最後はもうどうでもよかった。僕はもうすぐゴールするだ。
【これがその時の景色。一人旅って寂しくてやたら写真を撮っちゃうよね。後で見たら、この写真もただの空と海だけれど、自分だけの感情があるのステキだね】
もちろん、ちゃんとゴールのチャリ屋さんに到着した。とても疲れていたけれど、変にテンションが高止まりしていて、っと、変な感覚だった。
そして、あのおじさんが、目をキラキラさせてよく頑張ったね!と。感心してくれたようで、僕もとても嬉しかった。なぜがツーショットを撮ろう!と言われたので撮った。なんだか妙に嬉しいことだった。
なんだか、チャリを返すのが惜しい気持ちになった。相棒のような感情が湧いてきていたから、心の中で(ありがとうなぁ)と言いながらチャリのハンドルをさすった。
そして、あの大きなリュックを受け取った。
実は…とおじさんに話すか悩んだけれど、優しいおじさんは、それだったら言ってくれたらお財布届けたよ~~と言ってくれそうな気がして、やめた。
【これが伝説の電動チャリ。思ったより小柄でしょ?50キロ疾走するなんて。。】
また、どこかチャリチャリして旅したいなぁと思う。僕は本当に呑気者だから、こういう体験をもっとしたいなぁと思う。
ぜひ、みんなのチャリ話も聞きたいなぁと思う土曜の夜です🚴