自分の「生きる意味」を「言葉」にする
自分の「生きる意味」をあえて「言語化」している人は少ない。だが、時に「言葉」は人を生かしも、殺しもすることがあるように思う。だから私は自分の「生きる意味」を「言葉」にすることを勧めたい。<自分は何のためにこの世に生きているか?>「家族のため」、「善を成すため」、「人に影響を与えるため・・・」何でもいいと思う。「意味」自体に優劣はないと思う。要は自分が「心からそう思えるか」だ。「生きる理由」を失った時、人は死ぬ。逆に「生きる理由」があれば、「天寿を全う」できるように思う。若くして癌になった後輩にそのことを語ったことがある。「ステージⅣ」の大腸がんで、その診断を聞いた帰り道に、泣きじゃくる妻に「大丈夫!」となだめつつも、翌朝、起きた時に、「言いようのない絶望感」に襲われたのだそうだ。その彼に「自分の生きる意味は何か?」と問うた時、彼は「考えるまでもないこと」と答えた。「幼い子供と愛する妻のために生きる」ならば、それを「心の中で毎日千回唱え」たらどうかと勧めた。子供や妻の笑顔を見る度に不安が忍び寄ってきそうな時に自分が癌に侵されていたことを思い出しそうな時に「生きる意味」に優劣はない、と書いたが、「生きる意味」は、できれば「他者への愛」や「社会に貢献」する内容の方がいい。自分に関する内容だと、諦めてしまうことがあるからだ。その彼は現在、再発防止のための抗がん剤治療を受けているが、「〇〇(子供の名)とママのために生きる」と心の中で唱える度に体中に力がみなぎってきて、「走り出したくなるような気持ち」になるとのこと。抗がん剤治療の副作用もほとんどないそうだ。「言いようなない絶望感」を抱えている人と「走り出したくなるような」気力を持つ人との免疫力の違いは言うまでもないだろう。大腸がんの「5年生存率」は約6割私は医者ではないので、あくまでも憶測だが、「生き延びる6割」と「転移・再発する4割」の違いは<免疫力の違い>つまりそれは<気力の違い>ひいては<「生きる意味」を明確に意識しているか否か>の違いだと考える。今までも「うつ」や「登校拒否」「家庭内暴力」などが、「言葉」ひとつで改善する例を沢山見てきた。だから、おそらく癌、少なくともその再発防止にも、「言葉」が効力を発揮するのではないかと思っている。いわゆる「生き甲斐療法」も、その一例ではないかと思う。だから、もし、あなたの周りに、「言いようのない不安」に苛まれている人がいたら、この言葉を届けてほしい。「あなたの生きる意味を「言葉」にしていますか?」「それは他者や社会に貢献する内容ですか?」「それを毎日千回、意識していますか?」