「忙しいからできない」
「人数が不足してるからできない」
「体制が悪いからできない」
「物がないから出来ない」
「する場所がないから出来ない」
「去年より忙しいから・・」

 


サービス低下を、「何か」のせいにしていないか?
ほんとに、「体制」のせい?「人員不足」のせい?
「物」のせい?「スペース」のせい?



自分の能力不足のせいではないのか?
自分のやる気不足のせいではないのか?



「忙しい」に流されて、業務的になっていないか?
「人員不足」だから、出来なくて当然と思っていないか?
「体制」なんか、職員の話で、利用者には関係ないだろう?
「物」がなければ工夫すればどうにかならないか?
「場所」なんて、廊下でもどこでも建物内にあるだろ?



きちんとした介護を提供したい!・・・

そう思うなら、
まず、自分の意識改革をしないと。
今のままでは今のまんま・・・
それでいいと妥協するのか、革新するのか・・・
あなたの望みはどこにある?


何でもいいから、「今日の目標」を決め、それをこなせるように努力しないかい?
それは、誰のせいでもなく、自分の責任で行うもの・・
出来なくても、次に頑張ればいい。
続けることに意義がある。




よく、
「理想論」ばかりで・・・できるわけない。」といわれるが、
何回も言ってるけど、
「こころにあるべき介護の形を持ってるだけでも、仕事のやり方が変化する」
誰がやらなくても、理想に遠くても、
やろうとするだけで、いずれできるようになる。
そのうち、それが当たり前になってくる。
今の当たり前で満足してはいけない・・
理想はそんなものではないはずだから・・




そんな介護士になって欲しいし・・・そうなりたい。
そうなってほしい・・
施設にはいろんな利用者様がいる。




麻痺の具合で、あるいは高齢のため
本人さんがしてもらいたい事の訴えをいえない方がいる。


反対に、麻痺はあるものの、しっかり訴えの出来る方がいる。


業務が忙しい時、業務優先でしていると、
たいていの介護は、訴える人の処理しかしない。
ほっておくと、うるさく、しつこく、クレームになるからだ。

処理が終わると、業務を機械的に行う。
たとえそれが、直接介護であっても・・・
時間内に終わらないと・・・少しでも早くしないと・・・
なんだか、みんながそんなことにとらわれているようだ。


  しゃべっている間があるなら、仕事しろ~である。


じゃあ・・・無口で介護しろ・・と?
それはおかしい・・・。
手と口は別物
手を動かしながら、声かけできるでしょう。


と、いうことで、
今回は「声をかける」ということについて・・・


~~~~~~~

声を掛ける


利用者様の理解力の違いで、スタッフの掛ける声の内容がかわっていないですか?

よく文句や訴えの多い方には、それなりの内容にて声を掛けるが、反応が薄い(弱い)理解が低い(と思われる)方に対して、同じように声をかけているますか?
にこやかに、表情豊かに応対していますか?

急いでも、危険度が増すだけです。


現場は時間との戦いとよく言われるが、誰がそういっているのだろうか?
利用者様か?利用者様がそう言うのかしら?
 ・早く食べなきゃ
 ・早くお風呂入らなきゃ
 ・早く寝なきゃ
 ・早く起きなきゃ
       こんなこと聞いたことないと思います

まあね、「早く食べさせてくれ」はあると思う。食事介助の時間の掛かる人は食べ始めているのに、自己摂取可能の方に配膳が若干遅れたり・・・

まあね、「一番風呂に入りたいんじゃ」はあると思う。同じ浴槽に何人も入って、やはりイメージ的にはじめの方が綺麗に感じるから・・実際、掛け流し風にジャンジャン注し湯するからそこまで汚くはないのですけどね・・・

まあね、「することないからもう寝よう」はあると思う。食後19時には入眠していて、夜中に目が覚め「一晩中一睡もできなかった・・」なんてあるけど・・

まあね、「なんでも早くしてほしい」という利用者様もいらっしゃいますがね・・




ひとつの介助をする上で、『声をかけながらする動作』で、タイムロスは生まれるのだろうか?
無言でする動作は速いのか?

あなたは、無言でされたいのか?
  たとえば美容院
  たとえば診察
        イメージしてください。




それと、認知力・理解力が低い(表現が適切でない)方は本当に理解できてないのか?
当事者になってみないとわかりませんが、その方の表情や態度で結構自己主張はされていると思います。どうでしょう?この世に認知力・理解力の低い方っているのでしょうか??
たとえば、「右手を上げてください。」とお願いしてもそれは理解できない方がいるとします。
でもその方は、体を触られていること、誰かが声を掛けていること、その相手の表情でその相手感情を汲み取ることは出来ると思います。(意識不明者でない限り)
ですので、オムツを交換されている時に『おむつ交換なんだ』と理解はできなくとも、
・誰かが自分を触っている
・衣類を触っている
・肌に触れている
・なにかされている
という感情はあるはずです。(←否定的なコメント大歓迎)


さて、あなたは無言で応対されてうれしいのだろうか?





「声をかけて、相手の気持ちをくみとる・・・」
直接かかわっているから出来る事。
しっかりとした人生を歩んできた方々に対し、物のように扱うことは、失礼にあたる
みなさん・・・何かを訴えたいはず・・・
自分なら・・・・自分の親なら・・・身内なら・・・


ここにも・・・「人間的な介護」が必要なのだが・・・。


忙しい・・・余裕がない・・・ではない。それは、たんなる言い訳にすぎない。
心にそれを持って介護してるかどうかである。
このごろ・・・思います。



業務の詰め込みはそろそろ止めて
もっとのんびりとしませんか??

利用者様は退屈して、みなさんとお話するのを待ってますよ!




いつまでも・・・従来どおりでいいんですか?




もっと、疑問を持って!
もっと、解決の道を探って!




しなければならないことは分かります。
でも・・・

その価値観でいいのか?
その視点でいいのか?



目的はなに、誰が主役なのか・・・












そして、大切なことは「あなたは常に見守られている」のです。


人生の大先輩だちに・・・

介護者の皆様
毎日忙しく、業務をこなすことでめいっぱいのことと思います。
忙しいのは人員不足からくるところが多いでしょう。
ひとりひとりの職員にかかる負担は相当のことでしょう・・・・


それを打開するには、業務の見直はいかがでしょうか?
え?当然行っている??

   そうですよね。。。。

でも、、、もしかしたら・・・
人が多いときと少ないとき・・同じ業務スケジュールで行ってませんか?
多いときは多いなりに
少ないときは少ないなりに
利用者様のサービスを低下させずに
            スケジュール調整が必要になってきますよね

例えば・・・20人の排泄介助をするとします。
定時で介助をすれば、相当な時間と労力を必要とします。
でも、そこに観察する目や連絡、報告があると、個別ケアが発生し、
1回の排泄介助が少なくて済む場合がありますよ。

「あの方は車椅子を自走し始めたら、トイレの訴えなのよ。」
「30分前にいってるから、いまは大丈夫ね。」







今、私が行ってるのは、食事前排泄です。
これは、失禁が減り、トイレでの排尿の確率が高いです。
そして、落ち着いて食事が出来、ゆっくりとしていただけます。
口腔ケアもあわてることがなく、食後の手洗いまできちんとできます。

まあ・・・全てがそうなるとは限りませんが・・・


そして・・・トランスですが、
施設によっては、オムツ交換のあと、そのまま離床というところも多いかもです・・・
人が足りないと、重い方も一人でトランスしないといけません。
先輩方が一人でトランスしていると、新人も「1人でがんばってしないといけない」と頑張ります。
でも・・・未熟で力がないと事故の元になります。


 
出来る人も、出来ない人も、なにより考えなければいけないのは、
                          「利用者様の安全」
                                  です。

たとえ、出来たとしても、難しいと思える方は躊躇なく2人介助にするべきです。
それは、利用者様の安全も、もちろんですが、
職員の体を守るためにも、必要なこととなります。
せっかく頑張ってる職員を、無理強いさせず、腰痛防止のためにも、
戦線離脱させないためにも、変更すべきだと思います。

オムツ介助をひと通り終えたら、2人で順番に離床していけばいいことだと思うんですがね。
利用者様にも、安心感を与えることでしょう。



このように、
人がいないなりに、工夫をしたら、
利用者様も職員も守れて、ましてや、サービスもUPするかもしれません。
一度、漫然と仕事せずに、考えてみることをお勧めします。


まだまだ・・・いい案はあると思いますから・・・・