朝8時15分頃、俺は初営業現場となる京阪びわ湖浜大津駅付近のショッピングモール前に居た。

 

今日から2日間、OJT(On the job training)として俺に現場営業のトレーニングを施してくれる営業主任の森と待ち合わせしていたのだ。

俺はショッピングモールの自販機でブラックのアイスコーヒーを買い、ベンチに座りながら飲んでいた。

ちょうどコーヒーが無くなる頃だった。

お待たせ!君が、イズミくん??

 

声をかけられて振り向くと、そこには20代後半と思われる痩身の男性が立っていた。

さすがにバリバリ第一線の営業主任だけあって、鋭い目つきをしている。

俺は弾かれたビーンボールのように立ち上がると、主任の森に挨拶と簡単な自己紹介をした。

そのポロシャツ目立つからすぐ分かったで!

 

キーリング問わず、当時の通信販売代理店はキャリア指定のロゴが入ったポロシャツ&チノパン姿での営業回りをする会社が殆どだった。

これは一日中営業で歩き回るので、動き易い格好が重宝されたという理由以外にも、

客先のインターフォンを押した際、スーツ姿の男性が立っているよりポロシャツ&チノパン姿の方が親しみ易い印象を与えるからだ。

その程度の工夫で、いこじな居留守客が扉を開けることも少なくなかった。

人は見た目が9割、これは営業ツールとしても応用が効く話なのだ。

主任の森(以下、主任)から当日分の担当エリア地図と訪問先マンション情報が記載された営業用の履歴シートが渡された。

ええか、この履歴シートは皆が使うやつやから落書きしたり汚したりしたらあかんで!

 

そういう主任の履歴シートは、何回も現場に出ている人のそれとは思えないくらい綺麗に整頓されていた。

通常バインダーに挟み、徒歩や自転車で走り回ったら端が千切れたり汚れたりするものなのだが、

主任のシートは、いつ見ても下ろしたての様だったのを今でも覚えている。

主任から履歴シートの使い方(訪問したらレ点、受注したらマル契、再訪はマル再…などの同僚だけが分かる記号など)を一通り教えてもらった後、早速1件目のマンションを押しに行くこととなった、

最初のマンションは”オートロック”のファミリーマンション。

つまり、1階の集合玄関で訪問先の部屋番号をインターフォンで呼び出すと、相手が応じ、

1階エントランスの鍵のかかった自動ドアが開いて初めて、建物自体の中に入れる仕組みのマンションだ。

当時は今と違い、オートロックのマンションと同数くらい”直押し(オートロックとは違い、集合玄関には鍵のついた扉は無く、1件1件の部屋前まで行き直接インターフォンを押す事が出来る集合住宅の事)”のマンションやアパートも多かったので、

この”オートロック”と”直押し”の違いは、ルートや訪問回数、時間帯など現場を攻める戦術を立てる上で重要なキーポイントとなっていた。

現場の集合住宅に着くと、主任はすかさず集合ポストの方へ行き履歴シートに全部屋の番号を記載した。

履歴シートは部屋毎にエクセルでセルが分かれており、一部屋一部屋の状態を細かく記載できるようになっていた。

これは、次にこの物件を担当する人に対する報・連・相であると同時に、翌日以降自分が攻める時(原則一つのエリアを最低3日間は担当するという会社の決まりがあった)の為のメモでもあった。

主任は集合ポストで全ての部屋番号を記載し終えた後、インターフォンの前に立った。

よう見といてや。

 

俺はインターフォンの前で構える主任の背中を見ながら、営業トークの一言一句も逃さないように記憶しようとしと心構えをしていた。

続く。