「今日は何時まで働くか」
「どこで仕事をするか」
「誰と仕事をするか」
「どんな仕事を受けるか」
「これから何をやるか」
そういうことを、
自分で決められる働き方に惹かれるのは、
かなり自然なことだと思います。
僕も、
自由に決められることが増えること自体は、
間違いなく価値があると思っています。
だから、
「独立したい」
「自分で仕事をしたい」
「もっと裁量のある働き方をしたい」
そう思うことを、
何か別の言葉で否定するつもりはありません。
実際、
自分で仕事をしていれば、
自分で決められることは増えていきます。
もちろん、
お客さんがいる以上、何でも好き勝手にできるわけではないし、
売上や集客のことも考えなければいけない。
自分で決められるということは、
自分で責任を持つということでもあります。
それでも、
「自分で決められる」
という感覚には、
やっぱり大きな魅力があります。
■■■自由の条件は、増やしていける■■■
たとえば、
働く時間を自分で決められる。
仕事をする場所を選べる。
扱う商品を決められる。
価格を決められる。
仕事の進め方を決められる。
新しいことを始めるのも、
今やっていることをやめるのも、
以前より自分で判断できる。
こうやって並べてみると、
裁量が増えることは、
確かに「自由が増えること」の一つだと思います。
だからこそ、
もっと自分で決められる働き方を求めて、
独立や起業に興味を持つ。
あるいは、すでに自分で仕事をしている人なら、
さらに仕組み化したり、外注したり、
新しい事業を作ったりして、
もっと自由度を上げようとする。
それも、別におかしなことではありません。
必要な仕組みを作ることで、
実際に使える時間が増えることもある。
売上が安定することで、
選べる仕事が増えることもある。
知識が増えることで、
それまで選択肢に入らなかったことを
選べるようになることもあります。
だから僕は、
「自由なんて求めても意味がない」
とは思いません。
むしろ、
自由の条件を増やすために学ぶことも、
仕組みを作ることも、
成果を出すことも、
ちゃんと意味がある。
ただ。
ここで一つ、
僕には気になることがあります。
■■■自分で決められるようになった後は?■■■
最初は、
「自分で決められたらいいのに」
と思っていたとします。
そして実際に、
少しずつ自分で決められることが増えていく。
時間も。
仕事のやり方も。
何を学ぶかも。
次に何をやるかも。
以前より、
自分で選べるようになっている。
だったら、そこで
「これでいい」
となるのか。
僕は、ここがずっと気になっています。
なぜなら、
自分で決められることが増えた後にも、
また別の自由が気になることがあるからです。
もっと時間を自由にしたい。
もっと売上を安定させたい。
もっと場所に縛られないようにしたい。
もっと仕組み化したい。
もっと自分が動かなくても回るようにしたい。
もっと大きな仕事がしたい。
もっと違うこともやってみたい。
一つ選べるようになると、
その先にある別の選択肢が見えてくる。
一つ自由になると、
今度は別の不自由が目に入る。
それ自体が悪い、
という話ではありません。
むしろ、
選択肢が広がったからこそ、
次の可能性が見えることもあります。
でも、そう考えると、
少し不思議でもあります。
自分で決められるようになることが、
欲しかった自由だったはずなのに。
自分で決められることが増えた後にも、
また「次の自由」が見えてくることがある。
■■■「足りないから次へ」だけなんだろうか■■■
もちろん、
本当に足りていない場合もあります。
売上が足りないなら、
売上を作る必要がある。
集客が不安定なら、
集客を学ぶ必要がある。
仕事に追われているなら、
仕組み化や外注化が必要になるかもしれない。
そこは、無視できません。
現実の問題を、
全部「考え方の問題」にしてしまうのも違うと思います。
ただ、それとは別に。
一つの問題が解決した後にも、
また次の自由が気になることがあります。
時間を選べるようになったら、
次は収入の自由が気になる。
収入が増えたら、
次は働く量が気になる。
働く量を減らせたら、
今度は事業そのものを変えたくなる。
そうやって、
「次は?」
が続いていくことがある。
だとしたら、
僕が気になるのはここです。
僕たちは、自分で決められないから
次の自由を探しているのか。
それとも、
自分で決められるようになった後にも、
「次の自由」を探すことがあるのか。
この二つは、
似ているようで少し違います。
僕自身、これまで仕事や売り方、
いろいろな方法を学んできました。
役に立ったものもあります。
結果につながったものもあります。
だから、
それらを「意味がなかった」とは思っていません。
ただ、18年くらいの流れを振り返ってみると、
どうしても残る問いがありました。
自由にできることが増えた後、
なぜまた「次は?」が出てくるんだろう。
僕は今、
そのことを少しずつ振り返っています。
答えを先に決めるのではなく、
自分が実際に何を求めてきたのかを、
18年分、順番に並べながら。
もし、
「もっと自由になりたい」
「もっと自分で決めたい」
と思って進んできたのに、
気づけばまた別の「次」を見ているなら。
僕がたどってきた18年間と、
どこか重なるところがあるかもしれません。
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