母をセレモニーホールの霊安室に移した翌日、妻の仕事が休みの日だったこともあり、僕と一緒に実家の庭掃除に行ってくれた。

母はお庭をいつも綺麗に手入れして、落ち葉一つ無い庭を、いつも僕に自慢していた。

だから、次に帰って来る時迄にお庭をきれいにして置きたかったのだ。

近くに住む姉には、全く期待出来ない。

書道教室や駐車場をタダで借りているのにだ。


実家に着き、自宅から持参した塵取りとゴミ袋、軍手等を取り出し作業開始。

僕が竹箒で落ち葉を集めていたら、妻が「これ、お母さんのお財布じゃない?」

「そうだよ。これだよ。失くしたって言ってた財布だよ。何処にあったの?」

「そこの落ち葉が集めてあった小山の中。」

「ありがとう。本当にありがとう。中身もそのまま、現金、保険証、診察券、家の鍵。母の形見だよ。」

母は、先週木曜日か金曜日に財布を失くしたらしく、土曜日に僕と病院に行った後、交番に紛失届けを出したばかりだった。

中身は、母が言っていた内容とほぼ同じだ。

後で、交番に見つかったことを報告しておこう。

日曜日の夜に母が亡くなり月曜日に発見されたことは、交番のお巡りさんは知らないだろうが。


お母さん、これ(財布)も、僕に見つけて欲しかったんだね。夫婦で宝探しが出来たよ。ありがとう。


実家の鍵は、昨日の木曜日に、姉にスペアキーを借りて、僕の分のスペアキーを金曜日の今朝午前中に作ったばかりだった。

昨日は、母をセレモニーホールに移動した後、姉に「母が財布を失くしたので、実家の鍵が無い。姉のスペアキーを借して欲しい。」と言った時に「あんた実家の鍵持ってないの?」と小馬鹿にされながらも鍵を借りた。スペアキー作って明日返すと言ったのだが、今日実家の中の様子が変わって居た。姉は鍵を数本持っていた様だ。

何故、姉はスペアキーに余裕があるならば、僕に「あげる」とか「スペアキー作らずに、使ってていいよ」とか、普通の家族の会話を言ってくれなかったのか?相変わらず意地悪だ。

お陰で、今僕は実家の鍵を3本も保有するハメになってしまった。


兎に角、財布をポケットにしまい、庭掃除を続けた。

その時、いきなり姉が声を掛けてきた。挨拶もなしに「あのさー、ちょっと話があるから、ちょっと来て。」

びっくりした。今妻と話していた母の財布の事は、聞かれてはいない様だ。

母が財布を失くしたことさえ、知らない、2件隣りに住む娘(僕の姉)には、僕から話すつもりは全く無い。話すなら、叔母や叔父の居る所で報告するつもりだ。

いかに、姉が母の面倒を見ていなかったか、でも、財産は近くに住む私の物、との、どうしようもない奴で、係争中の姉に情報を渡す訳がない。当然だ。


リビングで2人向かい合った。2日前に姉が僕に抱きついてきた場所だ。しかし、今は、姉の態度が臨戦態勢だ。


「明後日、日曜日の通夜に来る方の人数なんだけど、50〜60くらいになりそう。食事はそれで手配してね。」


「ちょっと、何で家族葬なのに、そんな大人数になるんだ?どの様に案内したんだ?

案内状には、きちんと弔問、香典はご辞退します。と書いてある。お別れしたい方は、金曜、土曜にセレモニーホールにお越し下さい。とも書いてある。

面倒な仕事を増やしておいて、喪主なんだから、後はあんた(僕)が全てやんなさいよ、とお前は言うだけで、何もしないじゃないか?

何故、葬儀屋さんと決めた家族葬の方針で、喪主の言うことが聞けないのか?」


「あんたね、あんたには分からないかもしれないけど、お母さんは書道を50年以上やって来た方なんだから、連絡しない訳にはいかないの。

家族葬と話しても、声を掛けて、通夜に来て下さると言われたら、来ていただくしかないでしょ。」


「当たり前じゃないか。来て下さるのを断れないのは。

そういう言い方、来て下さるのならどうぞ来て下さいっていう、言い方したら、家族葬じゃなく、普通の葬儀じゃないか。

あんだけ説明したのに。

母の書道会の方々に、本当にお気持ちがあるなら、家族葬に乗っかるのではなく、書道会葬を後日行えばいいじゃないか。

何でも僕に押し付けて、僕が苦しむ事が、1番母が悲しむ事だと、未だ解らないのか?」


「兎に角、来て下さる方に、きちんとしないと、恥をかくのは、あんただけじゃなく、母にも恥をかかせることになるんだからね。

母を悲しませないで。」


「だったら、書道会はお礼を含めて全てお前がやれよ。母に恥をかかせない方法で。」


「あんたが喪主でしょ。」

と言って、出て行ってしまった。


妻との帰り道、怒られた。

近所中に、1番嫌な声音が響いたと。


僕も初めての喪主で、冷静になれないダメ男だ。


続く