心の中では様々な思いが渦巻いていた。

確かに夢で見せられた看護師が居た。もう指を切るのは定められたことなのだろう。この流れで結界の綱を切るときに誤って指を切るのは恐らく避けられない、ならばナタを振り下ろす力を弱めればよいのだ。覚悟を決めた。誤った判断かも知れなかったが、多くの人々が救われるなら覚悟しようと決めた。



すぐに法要が始まった。

さやに仕舞われたナタを受け取った。お導師様が願文を読み終わり、瞬く間に自分の順番が来た。ナタで壇の綱を切る、たったそれだけの役目。

壇へ駆け寄った。周囲では多くの奉仕者が御幣(ゴヘイ)を引き抜いている。

壇はヒバの葉で覆われているのだが、ナタを振り下ろし、綱をそのまま切ろうとしても、綱がきつく縛られヒバに食い込んでいるので、ナタの刃が綱に当たらない。二度振り下ろしたが、刃が立たない。焦った。素早く切ってしまわなければと、左手で、食い込んでいる綱をぐいと引き寄せた。

右手が凄い力でナタを振り下ろそうとした。勢いのあるナタの刃が、綱をもっている左手の人差し指を捉えつつあるのがスローモーションで見えた。その刹那、0.0何秒の寸前に、我にかえって振り下ろさないように逆の力で食い止めようとした。しかし、ちょっと間に合わなかった。

血が滴り落ちた。

人差し指の第一関節の少し後ろがパックリ割れている。

刃は骨でとまったようだ。指を落とさずに済んだと安堵した。ナタの刃が血でみるみる染まっていく。冷静に、役目を果たすため、のこぎりのようにゴシゴシと綱を切った。切れ味がよほど鋭いのか、すぐに綱は切れた。最初からこうすればよかったのだ。後悔した。


怪我をしたことを周囲の人に見せたのは覚えているが、ナタを誰にどのように預けたか知らない。血が滴るのを右手で押さえながら、一目散で医療のテントへ走った。

夢で見たのと全く同じ場面が展開している。ショートの髪型のくりっとした目の看護師が大きく目を見開いて驚き、すぐに処置してくれたが、血は止まらない。

医者へ行って縫わなきゃいけないと、別の看護師が言った。

奉仕者が運転するキャラバンに乗り込んで近くの医者へ向かった。付き添いの男性一人が同行した。

ようやく冷静になった。そのとたん、傷口がずきずき傷み出した。

医者に向かう道中、付き添いの男性に、昨夜の夢のことを話した。

その男性はたいそう驚いたようだ。怪我のことはわびてくれたが、何故事前に話してくれなかったかと悔しがった。「武将がお前らの供養が足りない」という箇所を。「もっと祈りを込められた」と。複雑な心境だった。





老練な医者が不機嫌そうに立っていた。

「山伏がぁ、こんなんくらいでワアワア言うなって!」何か言おうとしたが「つべこべ言うなって!」とさえぎった。有無を言わさず、麻酔を打たれた。

その医者の声が何故だか武将に似ていたので、昨夜のことを思い出して、まさかここで指を落とされるのではないかという恐怖が走った。

もう終わったと、完全に油断していた。しまった・・・。



が、チョチョイと縫ってくれた。縫い終わるまで心配で目をそらさなかったが。



後で知人から聞いたことだが、全員無事に帰ったそうだ。


果たしてこの程度の怪我で、武将たちの怒りは収まったのだろうか。

それとも奉仕者たちの供養の祈りが、武将たちにつうじたのだろうか。



それから随分と時が経ったが、今もそのときの傷が左手の人差し指に残っている。







今日もお読みいただき、ありがとうございました。