翌朝、目が覚めた。

すぐ横の床の間の壁、武将たちの現われたそのあたりを、見たが何もなかった。

眠ったのか眠っていないのか、分からないくらいだったが、周囲の人々は何もなかったかのように、あわただしく布団を片付けているので、それに従った。

指をもらうと言われてから、二百余名を無事に帰してくれるならと、腹を括って承諾してしまったような気がする。

そのあと、血に染まった指を押さえて医療用のテントへ走って行く自分の姿。ショートカットで目のくりっとした看護師が自分の怪我を見て目を見開いて驚いた様子。

自分の走る姿と、看護師の驚いた目の場面が何度も反芻されたので、覚えてしまった。

しかし、どうしようと思った。誰かに言わないといけない。

法要が始まれば、ナタで壇の結界(ケッカイ)の縄を切る役目が与えられているのだ。その役目を誰かに代わってもらわねば。

多分、このままでは実現してしまうような生々しさがあった。




修験の行者の装束が用意されていたので、それに着替えた。

これを着るのがカッコイイので、知り合いからの参加の誘いに乗ったのだ。

知り合いは用があって、今日はいない。

着替えを手伝ってくれた方に、迷ったが、昨夜の夢の話をした。他に話を出来る人はいない。

周囲の数名も着替えながら、耳はこちらの話に注がれている。

みんな不思議そうに聞いていたが、「変わった夢を見たもんだね」で終わってしまった。

少し焦った。やはり親から生んでもらったこの指は大切にしたい。



バスを降りて、法要が行なわれる現地まで歩く。国道から入った原野である。

現地には結界(ケッカイ)が張られているが、その手前に医療用のテントが設えてあって、そこに目のくりっとした看護師がいるのが見えた。夢で見た人と同じ人だった。もちろん、今日初めて見る人だ。いよいよ現実味を帯びてきた。血が逆流し、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。



結果内に護摩を焚く直径二メートルくらいの壇があって、壇には色とりどりの御幣(ゴヘイ)と呼ばれる魔除けが無数に刺さっている。その壇も結界の縄で括られている。



夢のことを、誰にどのように話してよいか分からない。

お導師様は、お坊さんが務める。若いのに威厳のある人だ。あのお坊さんに言おう。そうすれば、何か手立てを考えてくれるに違いない。

しかしお坊さんを取り巻く衆や各持ち場のリーダーのような方々が入れ替わり立ち代り訪れて、その忙しさと威厳と、更に自分は部外者であるということが、躊躇させた。

それに、誰かに言われて、護摩木の移動を手伝った。

気付けば、参拝の方々が集まっている。もう法要が始まってしまう。


つづく