今日からたまに文章を書いてみたいと思う。
自分は言葉で何かを表現することを今まで恥ずかしがっていたし、言葉に触れることすら嫌な気持ちを持っていた。今でもそれは余り変わらないきもする。自分の好きな物や考えというものを人に伝えること自体、死ぬほど恥ずかしい。だからだろうか、とても文章を書くのが苦手である。所詮その程度の文章だと思って見て欲しい。こうやってすぐ保険をかけてしまうのが自分のとても醜いところである。
さて、文章を書きたいと思ったきっかけであるが、色々な積み重ねであろう、が、恐らく1番の要因であり、直近の要因が又吉さんのエッセイ(東京百景)を読んだことだろう。そこには自分のこれまで長々考えて考えついた答えが面白い表現の端的な文章で書かれていた。そして、その答えを遥かに超えるものも多く書かれてあった。正直救われた。
今までも言葉の表現というのは大事だと思っていたが、あの人のエッセイはそれをさらに強く感じさせてくれた。言葉での表現というものは、その人が普段の思考が表れる。自分の好きなラジオでもその事は感じていた。
ものごとをよく考えている人の言葉は心に響く。何も考慮せず発せられた言葉はくそほど嫌いだ。それだけ言葉というものは自分にとって大切な物であったのだ。それを再認識するきっかけとなった。
ここでエッセイの感想を書くと長くなるため、今後の自分に託そうとと思う。
とにかく自分はいい表現というものに憧れ、義務教育という名の大人どもの趣味や考えの押しつけ教育である国語を嫌っていた自分が文章を書くことにしたのだと思う。
(自分は表には出さないが(これは表じゃないのかという方もいると思うが)過激な思想をたまにすることがある。今後も出てくると思うのでお気をつけて。)
ここで、文章を書くことは真似事であることは認めるが、ここに書かれる考えや表現は全て自分のものであることは認識していただきたい。
自分はとても考えすぎる葦であることを自覚している。それはいいことでもあると考えている。思考という、現れて欲しい時に現れない気まぐれなやつとの戦いが続く夜には文章を書くことでそいつに終止符を打ってやろうと思う。もちろん建築を大学で学んでいる分際であるため、建築についての考えも書けたらと思っている。
自分の考えに間違いがある時はぜひ指摘して頂きたく存じる次第であります。