槇原容疑者が覚せい剤所持で逮捕された。
二年前の所持?
私は合法であったヒロポン中毒者の子どもだ。
父は描いたように絵描きであった。
父はおそらくヒロポンが合法でなくなった時点で自分を癒してくれる薬物を
探しただろうと思う。
十年程まえ父が亡くなって三十年以上も経った夏
アトリエの掃除をした。
古い机から出た薬局で通常販売されている鎮痛剤は多数あった。
私はその時、まだ父が昔、薬物の常習者であったことは理解できた。
しかし、それが覚せい剤であったことは思ってもいなかった・・
否定したいが両親が暴力に満ちた家庭生活をしていたことを知っていた。
いたのだけれど、私は自分のいるこの家庭がこんなにも歪んだ場所であった
ことなど、理解するほどに大人ではなかった。
自分が成人した後すぐに、自殺同然に東京の大病院で心臓の手術を受け
手術室から生きて帰ってくることはなかった。
父は自死だったことを、私は知っている。