2011/3/11。あの日の出来事。

同じ出来事に遭遇しても、

それをどう受け止めるのかは、

人それぞれだった。


あの日、あの時、私は東京にいて、自分の会社にいた。

地震が来て、私は机の下に隠れた。

避難訓練以外で隠れたのは、生まれてはじめてだった。


揺れがおさまって、机から出てみたら、

目の前の席の子は、私のディスプレイが倒れてきたので、

それをずっと押さえてくれていた。


同じ会社で、同じゆれを経験しても、

私と彼とでは、全然違った。


その後、揺れがおさまったあと、私は自宅まで歩いて帰ることを即選択。

大半の人は、電車が動くまでは会社で待機。という道を選択。

同じ会社で、同じ電車が動かないという状況であっても、

私と私以外の人では、全然違った。


誰一人、同じ人はいなかった。

どう感じるのか。

どう受け止めるか。

どう行動するか。

同じ境遇に見える人でも、ひとりとして同じ人はいなかった。



今回の地震で、多くの方が亡くなった。

いまだに行方がわからない方がいる。

何万人という数字が出ている。

すべて1つにまとめて何万人。

けれど、そこにはひとつひとつ異なる物語があったはず。


物語の内容を、今、知るすべはない。

でも、私は物語が確かにあったことを、感じたいと思う。




あなたにも。

私にも。

みんなひとりひとりにある。


ひとつひとつの物語。大切にしたい物語。