ファシリテーションの論文を書いているとき、思ったこと。
ファシリテーションなんて、カタカナにしちゃってー
なぁーんか小難しそうな印象を与えているけど、
実はなんてことないことなんじゃないか、ということ。
そんなこと知っているよ!
そんなの簡単じゃん!
という意味ではなくってね。
こんなことすると、結構効果あるんだよねー
みたいなことを、いろんな人に伝えるために、
まとめて(体系だてたもの)、
それに名前をつけただけのものだと思う。
元々存在していたもの。
お料理上手なママさんに料理のコツを教わるみたいな。
そのママさんは、別に誰かに教わったわけでもない。
改善しなくっちゃーとしゃかりきに考えたわけでもない。
ただ日々の生活の中で、自然とやっていたこと。
きっとお料理上手なママからみたら、当たり前すぎて、
コツだ!なんて言われたら、びっくりするようなことなんじゃないかな。
特にファシリテーションなんてあいまいで、
思いはなんとなく共通しているけど、
本によって「ファシリテーションとは」なんて説明は、結構違う。
私は会社に朝来て、「おはよう」と挨拶する。
これも、考え方によっては、
ファシリテーションの1つなんじゃないかと思っている。
私は会社でファシリテーションを広めたいと思っているけれど、
そのあたりのことを常に頭においておきたいと、漠然と思っている。
「ファシリテーションって何?」と聞いてくる人だって、
もうすでにファシリテーションを、無意識に行っていると、
私は思っているから。
ただ、ファシリテーションの知識があれば、
もっと効率的?に、できるようになるってだけのこと。
学ぶって、みーんなそういうことなんだと思う。
先人が考えた、ちょっとしたコツを知ること。