糖質制限をするようになって食べ物の歴史に興味が出てきて調べ始めました。

・上方や江戸などの都会以外は年貢として米は納めるので、雑穀米がほとんどであった。
飢饉の時は甘藷(サツマイモ)を代替食としていた。
・江戸時代には菓子なども食べられてはいたが、田舎で口にできるものではなかった。


・明治になって西洋料理が盛んに作られるようになってきたが、庶民にはまだまだ高嶺の花
・パンやビスケットの類は明治初めから作られてきた。
・アイス、バター、ジャム、缶詰、びーる、ぶどう酒、清涼飲料水(主にサイダー)が明治に出揃ったが、農村では食べたことのない者が大多数で江戸期とかわらなかった。
・農村部では太平洋戦争直前の米の配給制が実施されるまで続く。
(カテ飯が主流)

・明治の半ばごろまでパン売りも盛んだった。


※江戸期半ばに確立した飲食形態が基盤
特に関東大震災後に急激にレベルアップし昭和10年ごろには頂点に達し戦争。
戦前水準に戻ったのは昭和30年代後半で、戦前レベルを超えたのは昭和50年代になってから

~以上 「絵で見る日本食物誌」小柳輝一 著~




・江戸の調味料
醤油(垂れ味噌)、酢、味噌、塩、味醂、砂糖、昆布、かつお節

薩摩藩を通して奄美や琉球の黒砂糖が流通していたが、白砂糖や氷砂糖は輸入。
のちの19世紀には各地で砂糖が生産され、和三盆が作られるようになった。

~以上 「下級武士の食日記」青木直己 著~


100年ほど前から穀類の中の繊維質を取り除いた精製澱粉を食べるようになった。
繊維質の多い料理を食べ続けてきた期間の0.0001%。残り99.9999%は未精白の繊維質の多い食料を食べた。

慢性肝炎で6ヶ月の入院、治療のため1,700Kcalの高タンパク食を摂って14キロ痩せた。
でんぷんを減らして野菜を食べる。
食物繊維についての話。

~「薬喰い」と食文化 井上勝六 著 ~



明治40年ぐらいから牛乳が普及する。


全日本菓子協会の統計では1994年(平成6年) 生産量2,045,000トン
1975年(昭和50年)頃からスナック菓子が急速に増える
食料消費支出に占める菓子の割合8.6%、米類約6%、パン2.7%、酒類5ぱ%