子どもや自分を客観的に見るって
難しい。主観的になりがち(っていうか主観的(-_-メ)
昨日、マンションの駐輪場で。青年とすれ違った。
会釈したら、なんと自分の息子。
息子だと思って見ると、
なんとも頼りなく、まだまだ子ども。
でも、駐輪場ですれ違った青年(息子)は立派に見えた(*^_^*)
「そういうことなんだな」と思いました。
大きくなっても子どもは子ども
だけど、ちょっと距離をとって見てみると、
立派に見えるではないか。
昨日駐輪場で会った青年=息子
わが息子も、世間では「このように見られているんだ」
と思った出来事でした(^O^)/
しかし、自分を客観的に俯瞰するのは
なかなか難しい。
私がよく使う手は(ちょっと変ですが)
自分に起こった出来事を
さも人が経験した出来事のように捉え
私だったらどうするか?考えます。
そうすることで、問題の渦中から抜け出します。
まあ、参考までに(^^ゞ
難しい。主観的になりがち(っていうか主観的(-_-メ)
昨日、マンションの駐輪場で。青年とすれ違った。
会釈したら、なんと自分の息子。
息子だと思って見ると、
なんとも頼りなく、まだまだ子ども。
でも、駐輪場ですれ違った青年(息子)は立派に見えた(*^_^*)
「そういうことなんだな」と思いました。
大きくなっても子どもは子ども
だけど、ちょっと距離をとって見てみると、
立派に見えるではないか。
昨日駐輪場で会った青年=息子
わが息子も、世間では「このように見られているんだ」
と思った出来事でした(^O^)/
しかし、自分を客観的に俯瞰するのは
なかなか難しい。
私がよく使う手は(ちょっと変ですが)
自分に起こった出来事を
さも人が経験した出来事のように捉え
私だったらどうするか?考えます。
そうすることで、問題の渦中から抜け出します。
まあ、参考までに(^^ゞ