その日は かなり気分がディープに落ち込んでいた。何があったという訳ではなく突然に襲ってくる不安からくるブルー… 普段なら出来る 繕う笑顔も作ることが出来ず更に気持ちは深く落ちていった。唯一の救いはその日の夜のバイトが休みで 僕には次のバイトまで20時間程の解放された時間があるということだけだった。
僕は暮れ始めた街をバイクに釣り道具を積んで走り抜けた。海の波のパワーで理由もなく落ちている気持ちを甦らせたかった。一時間もバイクを走らせると 目当ての浜に到着した。ここならば防波堤までバイクで入れる。平日の夕暮れの中に見える人影はなかった。漁港の中には船が十数隻 停泊している。僕は2本のコンパクトロッドを伸ばし内湾へ餌をつけ糸を垂らした後 海水で手を洗い 背負ってきたリュックの中からコンパクトストーブを出しパーコレーターで珈琲を淹れる為に火をつけた。パーコレーターに水を入れて豆をセットする。タバコを咥えながらロッドの弛んだ糸を張る。風は無い…時折 波に揺られ船が岸壁にこすれ衝撃吸収の為に船壁につけられたタイヤが軋む音が聞こえる。
(ふ~…風が心地いいな…部屋にいるよりはずっといい…)
人が何でもなく感じずに出来る行為が 僕にはとてつもないプレッシャーを伴う…動作や行動や状況判断という動きは人より遥かに 正確に迅速にこなせる…がどうにもその作業や瞬間の判断力に関わる 他人の無神経さやガサツさにストレスを感じる…  
所謂 …ナーバスブレイク ダウン気味なのだろう…
(いつもの ことだ…考えるな… 相手にするな…)
コンロがガスを出す音に耳を澄ませる…
(そうやって 凌いできただろ…
今日も同じだ…いつもと変わらぬ日々の欠片に過ぎないよ…)
微妙に震える竿先を見つめていた。
(まだ…遊んでいる程度だな…)
一瞬 深く竿先が沈んだあとユックリと元の位置に戻る。軽く竿を握り強目にしゃくり上げた。糸がピンと張り 針をしっかりと喰いこませる。竿から受ける感じは重い…
(なんだ…これは…ちょっと大きいか…)
この竿では せいぜいハゼの大きいの位しか引き上げられない。巻き取るリールのハンドルもかなり重く竿もしなり 針を外そうと魚も もがきはじめた。
(大きいな…なんだろう…)ラインがきれるのを心配しながらも ユックリと巻き取ると水面にゆら~と魚体が見えた…
(なんだ?…縞模様…)そのままひきあげると25センチ級のイシダイ…
(ここ 内湾だし…この場所で釣れるなんて聞いたことはないぞ…)竿を縦にして折れないように手繰り寄せラインをつかんで 引き上げると 魚を針から外し魚籠の中に投げ入れた。僕は嫌な予感がした。霊現象が起きる前や霊が近くに来た時は 普段釣れない魚が釣れたり やたらと数が上がったりする。 経験上 それは知っていた。神経を研ぎ澄まして辺りの変化を感じようとしたが 釣糸を垂らす前と変わりがないようだった。僕は上げた竿に再び餌を付け 投げ入れた。別な竿も先程からしきりと お辞儀を繰り返している。この引きは 厄介者のハモ…(東北ではアナゴをよく ハモと呼ぶ)だろう…
(しかし夕マズメで ハモ?おかしいな…) 
竿を持ちあたりを合わせてリールを巻き取る。今 落とした竿にも既に当たりが来ている。
(う~ん 尚更… 良くないけどね…このアタリ具合といい 人気の無さといい)
巻き取るのに苦労するほどの太さのハモだというのに 何故か奇跡的に仕掛けに絡みつかず仕掛けは無事であった。ハモを魚籠に再び投げ入れ魚籠の蓋をした。ハモは魚籠の壁をづたい外へと出る。ハモを釣り上げた竿にも餌を つけて再び落とした。僕は 先程アタリがきていた別の竿を巻き上げた。かなりの重さがある。暴れはしないが そのままでは 竿が折れてしまうのは確実だった。
(ゴミか…な… もしかして…)
竿先に負担がかからないように 力がかかる方向へ竿を向けて リールの力だけで巻き込んでいく。
細いコンパクトロッドを折らないように手でラインを直接持ち 引いた後 ラインに余裕を持たせてリールを巻くがそれでも リールを巻くのもやっとの程…それでも 次第に引き上げられかかったものを 目にした時は目が点になった…
(タコ…👀かよ・)陸に引き上げて 素早くタコをビニール袋にいれて口を縛り小さな穴を沢山開けて魚籠に放り込んだ。
(何故?ここで タコ!なんて 聞いたこともないぞ…益々 良くないな…)その時 僕のブルーのエネルギーは別な方向に力のベクトルが向いていた。
僕は再び糸を垂らすと少し落ち着くためにパーコレーターからカップに珈琲を移しユックリと口に運んだ。海風が出て来て潮の香りが強く感じ始めた。
周りの変化には注意を怠らないようにはかなり気を付けていたが以前として変化は感じられなかった。
それから一時間位で魚籠にそこそこの魚が入った。大漁旗をバイクになびかせて家路につきたい程の収穫だった。これを調理すれば 何日間分かの飯の肴にはなる。何せ タコが凄かった…かなり大きい…魚を全てビニール袋に入れて口を縛りリュックに詰め込んだ。時間は夜の9時過ぎ…アパートの部屋へと戻ると部屋の灯りがついている。
又 友達の誰かが鍵が壊れている窓からの侵入を試みたに違いない。僕の部屋はバイク仲間の溜まり場であった。独り暮らしの気ままな学生生活は いつも貧困で食に飢えてはいたが 今日のような 大漁もたまには有り 自由さには 変えがたかった。部屋の前のスペースにバイクを止めると カーテンが開き 中から 先輩が手を振っていた。
僕は 玄関へ回らずそのままサッシを開けて中へ入ると 先輩の彼女さんとそのお友達もいた。開けたコーラのペットボトルもお菓子もあまり減っていないところをみると着いてからあまり時間は たっていないようだ
「ぐうす…どこ 行ってたんだよ…」
「釣り…ですよ」僕は 風呂場へ向かい手足を洗いリュックから魚が入った袋を取り出し キッチンのシンクに置いた。先輩たちが覗き込み声を上げながら袋越しに魚をつついている。生きているタコをビニール袋から出そうとして僕に怒られて シュンとした。僕はロッドと仕掛けを風呂のシャワーの真水で洗い玄関のコンクリートのタタキに置いた
「魚…刺身で食べますか?」
「直ぐ 下ろしますよ…」
「えっ~出来るの!」
(すいませんね…孤独が長いもので何でも一通りはそつなく家事はこなせます…まぁ飯の肴が減るが仕方ない)
大きめのアイナメとイシダイを10分程で下ろし刺身を冷蔵庫にあった大根とシソを使い大皿に盛り付けて 小皿と薬味と醤油を盆に乗せて先輩の彼女に渡した。
「食べていて下さい…僕は潮の臭いを流します」まな板と包丁とアラと残りの魚を処理したが タコだけは ビニール袋に二重にして入れて後で桜煮にでもしようと 冷蔵庫へ入れた。シャワーを浴びて体から潮の臭いを流し落とした。
潮臭い香りが落ち風呂場が石鹸の臭いに満たされた。海は好きだが潮溜まりの匂いはどうも好きにはなれなかった。潮溜まりの臭いを嗅ぐと どこか滞るイメージが頭から離れなくなるのも好きになれない理由のひとつだった。
洗濯機に汚れた服を放り投げスイッチを入れた。
部屋の中では笑いが起こっている。
誰がが玄関を出て行き 近くの自販機の音がして直ぐに戻ってきた。僕は着替えてタオルで頭を拭きながら 皆のいる部屋へと向かった。刺身は3分の1程無くなっている。皆は先程買ってきたらしい缶ビールを開けて飲んでいる…先輩は僕に向かって缶ジュースを投げてよこした。
僕は基本的に酒を飲めない体質だった
「居酒屋 ぐうす…本日開店…旨いよ 歯応えが良くて…」
「ほんと 美味しいですよ」
彼女さんのお友達が微笑む…
「この娘 エミちゃんね…」と彼女さんが僕に紹介してくれた。
「どもっ ぐうすですっ」と彼女を見ると後に揺らめく影が彼女の陰に隠れた
(なにか いるか… 連れてきたな…)
僕は知らない振りをして 缶ジュースのプルタブを開けた。
「…で 先輩 今日は何です…まさか 本気の居酒屋開店じゃないですよね…」
「んっまぁな 実は頼みがあってさ…」
「やっぱりね…折角の休みなのに 今日はブルーなんで お断りします。」
僕はキッパリと先輩に告げてジュースを飲んだ 
「そう 言うなって…お前しか頼める事じゃ無いんだし…」
「あのね…何でもかんでも そういう系 解決できると思ったら大間違いですよ」
僕は刺身に箸を伸ばした。
釣りたてだから 歯応えはいいが 味が薄い
(2、3日 置いた方が旨いよな…やっぱり… )
「だって 本人連れてきちまったしな…」
「そんなの 分かってますよ  エミさんの後ろに憑いてる奴でしょ  先刻から見え隠れしてる…」
(まあったくっ…僕は霊媒誌じゃない)
「ごめんなさい…お休みのところ お邪魔して… 」とエミさんが申し訳なさそうに口を開いた。
「いや…いいのですけどね…先輩の傍若無人な振る舞いが気に入らないだけです。 」
「ごめんね… いつもだもんねぇ ぐうす …」と先輩の彼女
(彼女さんに謝られたら わかりました…と言うしかないじゃないですか…)
と僕は先輩を睨み付けた。
「まぁまぁ な 今度 焼き肉奢るからさ…」
(この人も悪い人じゃないから 付き合ってはいけるんだからな…今度は腹が裂けても喰いまくってやります)
「わかりましたよ…で どうしたんですか 祓うとか 無理ですよ 僕には…」
エミさんは 僕に 変だと思う事をポツリポツリ話し始めた。
最初は 毎日 使った後に 綺麗に掃除をして洗って乾かしているヘアーブラシに髪の毛が大量に絡まっている事から始まったらしい…それを不思議に思いながら髪の毛を取り除き綺麗に洗い次の朝使おうとしたら 又 大量の髪の毛が絡まっている。
気味悪くなって 新しいブラシに買い換えても次の朝には 同じように大量の髪の毛が絡まっている。そんな ことが続いている内に 今度は仕事から帰るとクローゼットの服が乱雑に床に散らばっていた。空き巣かと思ったのだけど 部屋は全て内側から鍵が掛かっていた。その日はおかしいと思いながらも 戸締まりを確認して就寝したらしい。次の日も仕事から帰ると同じ状況…流石に気味が悪くなり、近くに住んでいるお兄さんに連絡して 1日泊まって貰ったらしい その 夜はブラシに髪が絡まっていただけらしかったが 夜に人の気配は洗面所にはなかったと お兄さんは断言していたらしい。朝 部屋を出る前に どこから侵入してくるか 確かめる為に 外に通じる場所には全てテープで目張りして仕事に出て、お兄さんと待ち合わせて帰ると 更に状況は酷い有り様…服が散らばるだけではなく、下着からカバンやらが散乱していた。テープで目張りした部分はどこも剥がれた様子もない。二人は流石に怖くなって、2,3日の旅行の準備でお兄さんの部屋へと逃れたらしいのだが 2,3日は何でもなかったが 今度は お兄さんの部屋が同じ現象に見舞われた。どうする事も出来なくて 今は友達の部屋を渡り歩いているという…
友達に紹介されたお坊さんや霊媒師を頼ったが現状に変化がないどころか 更にエスカレートして 服が切り刻まれていたり 下着が裂かれていたり 冷蔵庫のコンセントプラグが抜かれていたりするという…
「寝てる時は何でもないのでしょうか…」
僕は彼女の後ろに見え隠れしている者を無視して話しかけた。
「何度も 目は覚めるけど…金縛りとかはないのです。」
「ですよね…」
僕は 彼女の話を聞く振りをして 後ろに見え隠れしている奴の素性を探った…
(シンクロした瞬間 そこにある執着とゾッとする感覚を感じた)
波長?何と説明すれば良いのだろうか… 人 それぞれ 感じ方は違うのだろうが、ラジオの周波数に良く似ているように思える。ラジオはバンドを選びクリアに聞こえるように周波数をスライドさせて目的の局を探す。それと同じようにそこに居るものや在るもの… それが良く見えるように意識をスライド…させる…と言えばいいのか…すると 8割の確率で映像が見えてくる…後々 信頼できる祓い屋の先生に その行為は次元を飛んで観ているから帰れなくなるぞ  絶対に辞めろと怒られた事なんだけど この頃はまだ全然何も知らなかった。
見えてくる映像は 時代がまるっきり今…
事故かなんか?で死んだのか?…いや…こいつ生きてる…生き霊か…知り合い…
うわぁ…なんだ こいつの部屋…札がいっぱい…○○○エミと書かれた和紙の封筒を見つけた。これ 呪術じゃん…本で読んだことあるし 退魔師していた じいさんが 軒下から見つけて 焼いてお祓いしたのを見たことがある。僕は部屋の中の郵便物で所在の確認と名前の確認をして記憶に焼き付けた。さして 遠くはない 同一市内…そのアパートの一室を出て周りの風景でその住所がどこか すぐわかった。良く知っている建物がすぐ近くに見える。僕は再びアパートの名前と部屋にあった郵便物の宛名を見て忘れないように記憶に刻んだ。
そして 意識を元に戻した。いつも 出来る訳じゃない…いつなら出来るとも言い切れない…出来る時はフッとわかる。だから不安定過ぎて 弾けた時どうなるかもわからないから あまりやりたくはないのが本音ではあった。ましてや 報酬がない…
から 気軽に先輩が人を連れてくる。
逆に言えば 報酬がないから あまり感じた事に責任を感じずに済む…
「なにか 人に恨みをかうことしませんでしたか?」
(…って言われて 「はい」  しましたって人はいないよな…大体は身に覚えがない…わからない…だよな)
「わからないんです。自分ではしないように心掛けているつもりなんですけど…」
(やっぱりね…)
「ですか…」
先輩の彼女さんが 勝手知ったる他人の家で熱い珈琲を淹れてくれた。僕はやり始めるとやたら珈琲が欲しくて堪らなくなるのを何度も立ち合っているから知っているのだ。
「けど あなた自身に相手の強い執着をかんじますよ…
どうします?貴方を相手は多分 恨んでる…と思います。異常性を感じる程のなんと言えばいいか解らないけど…ゾッとする感覚を受けます。ちょっと 先輩達に席 外してもらいましょうか…ここからは 完全にプライバシーに立ち入ってしまいますから…」
先輩達は馴れたもので 互いの顔を見合わせると立ち上がり玄関の方へ歩いて行った。
「20分位か?コンビニへ散歩がてら行って来る…なんか欲しいのあるか…」
「おにぎり…腹減りました」
「了解…襲うなよ」
「先輩と一緒にしないで 下さい…」
「アハハ」無駄口を叩き先輩達は出て行った。
「すいません…下らない事を…」
「いいえ 気にしてません…いいご関係なのですね…羨ましい…」
「昔からの腐れ縁です。今もバイクで相変わらず繋がっている…
時間が無いので失礼承知で担当直入にお聞きしますが 気を悪くなさらないで下さい…」
「はい…」
「○○○○○さんという女性の方 ご存知ですね
市内の○○○にお住まいの…」
一瞬にしてエミさんの顔色が変わった
「その方が憑いてます…どういう経緯でそうなられたかは 僕は知りませんけど ちゃんと話合われた方がいいですね」
「本当に酔ってしまって…そういう人だとは知らなくて勢いで彼女の部屋に泊まってしまって…」
「僕に話されても正直…仕方ないのですよ
問題は エミさんと彼女の問題ですから…男女間でも かなりある話ですから…別段 感情のこじれさは不思議には思いませんけど…」
「…酔っていて…覚えてないのですが
それから しつこく付きまとわれて…ずぅ~と避けていたんです。引っ越しもしたんですけど…」
「お知り合いではないのですか?どうやって 見つけ出したのでしょうね…一人で話すのが嫌でしたら 誰か信頼の於ける方に話してついていって貰えばいいですよ…相手は呪術までに頼る程の変人だから決してまともでは ありませんよ」
僕は矢継ぎ早に小声で話した。
「ええ…友達の飲み会で偶然に知り合って女の子なので 息投合しちゃって…彼女の部屋にとまったんです。女の子なので安心してたんです。」
「けど…同性愛者で酔いにまかせて…ってとこですよね」
「正直 本当に覚えてないんです…朝 裸で寝ていて急いで着替えて その部屋を飛び出しました。」
彼女はうつむいた。僕はそんなことを根掘り聞く気はさらさらない
「まぁ どちらにしろ…話し合うべきでしょ…ね…あなたに憑いてるから どこにも逃げられないし…そういうの祓ってくれるお寺さん 知ってるけど 高額みたいですよ…」
「わかりました…兄さんと一緒に話してみます。…」
「お兄さんじゃなくて 彼氏がいいね それを知って嫉妬の紅蓮の焔を燃やしたんだろうから…… 」
隠していた所を突かれて彼女はしどろもどろになった。
「このことは…」
「先輩達には話しませんよ…彼等も聞いたからって何が出来る訳じゃないし…プライベートには踏み込む人達じゃありませんよ  僕の家には踏み込みますが…」
彼女は吹き出した
「多分 そんなとこでしょ…そろそろ出て来いよ 」
僕は先程から 気配を消して隠れようとしている奴に向かって言った。
潮臭い…おそらく浜からついてきた奴
白い影が台所に揺らめく…そして凝縮して人形に生っていく…僕は数珠を出し般若心経を、唱えお札を突き付けながらその白い影を玄関から押し出した。
エミさんは呆気にとられて見ている。
「いくら 気をつけていても こんなこともあります…ですから 難しいんですよね…生きるのは…いま 後ろに憑いている奴…名前も住所も割れたから…その上かけたものまで見たから返ったらどうなるか わかるだろ…話に行くというから それで納得しろ…自分が男に遣られた事と同じ事をしたんだから 文句は言えんだろが…」
エミさんは尚更キョトンとして僕を見ていた…
「必ず 話し合いしてくださいね…」
「は…はい…」
「しばらくは 無いと思いますけど 約束を反古したら僕はどうなろうが知りませんよ…」
「必ず…します…」
程なくして 先輩が帰って来て 軽い宴会が始まりそのまま雑魚寝状態に突入した。いくら夏とはいえ…僕は押し入れから夏用の洗って干したばかりのシュラフを二枚取り出しエミさんと先輩の彼女さんに渡した
「使って下さい…ソファーは横のレバー倒せばベッドになりますから ご自由にどうぞ…僕は隣で寝てますから…」
今 思えば 皆と雑魚寝した方が あんな目には合わなかったかも知れない。
僕はベッドに横になると 直ぐに疲れもあって眠りに落ちた…体は眠っている…意識はまだ いつもの事ながら 起きている。隣に何せ生き霊を背負った者がいる。取り合えず、本人の前では味方をしたがこれは彼女がしてきたことの報いが始まるきっかけに過ぎないような気がしていた。
何故なら 彼女は 約束を 簡単に考えすぎているから 約束を多分破るだろう…
あまりにも 他にも念を受けすぎている。異性のものもあれば 同性からのものもある。見た目と初見の人当たりはごく普通の女性だが かなり自分主義の感覚を受けた…プライベートになるからと 先輩達を追い出したにも関わらず 一言の詫びの言葉も発さず 帰って来ても労いもなければ飲んでる時も気配りも足りない…先輩の彼女さんの方が遥かに気配りが行き届いていた…これが 人の念を受ける人の特徴…してもらって当たり前…そのして貰った事に感謝の言葉を掛けたとしても おざなりの言葉だけで心からのものではなく  自分が望む事をしてくれないと その相手はなんて酷い人となる……そして自分の都合で人を引き回し99回助けて貰った事は忘れても 只の1回 人の手助けをしたことをいつまでも恩を着せるタイプ
粗方 こういう人は他人の念を受けて体調を崩したり自分より弱い周りの家人にその念が被さり 身に覚えの無い被害を被る しかし そうなっても自分じゃないから 構わない…と態度をとるがその百分の一でも 自分に被さってくると大騒ぎをする… 僕は決して彼女を救おうとは 正直思ってはいない。こうなるには彼女の器からあふれでた恨みの念がそうさせているので 溢れ出すきっかけになった事象を反省させるだけだ。 それで一時は収まるだろうが 根本的に自分を直さなければ いずれ 又 溢れ出す…そこに 触れて改善させない限り救ったとは言えない…僕はそこに触れる気はさらさらない。
彼女自身 それは望んではいないし、なにより他人からどう見られるかだけが 彼女にとって大切で自分がしたくないことはしない。他の誰かが身代わりでやってくれればいい…
それでは 僕にはどうにも出来ない
次第にはっきりとしてくる 意識が何かの存在を感じた瞬間…両足首を掴まれ逆さ吊りにされた。頭にガンガン血が登る…腕も抑えつけられたように動かない…目だけでベッドを、見ると ベッドに体は寝ている…幽体だけを抜かれた…
潮溜まりの匂いがする…
(しまった…玄関から追い出しただけにしていた…忘れていた…)
ベッドの足元に腰掛けた帽子を被った男がいる。海草を体にまとわりつけている。漁師には見えない…水死だろうが…
血が頭に登って意識が朦朧としてくる そんな中で…現実に縛られている自分に気付いた。
(ふっ 危ない危ない…)と思い付くと
体は動くようになり 天地も元に戻り 僕は般若心経を唱え 動くようになった両手で印を組んだ…ベッドの足元に座っていた奴が目を見開いて僕を睨み付ける。僕は構わず般若心経を唱え印を組む すると体も共鳴して印を組んでいた…瞬間 吊るされた糸が切れたように 実体の体に落ちる感覚で元に戻ると印を組んだままの手を足元に座る奴に突き付けた 顔を歪めて蒸発するかのように霧散した。僕は一息大きく息を吐いた。
(参った…油断した…忘れてた…)僕は起き出し数珠を、持ち浄めた塩を部屋に軽く巻きながら 全ての気配を玄関から追い出し 塩を巻き 
「帰れっ」と命令し玄関から塩を一掴み撒いた…
その間 誰も目を覚まさなかった
僕の肉体の足首にはしっかりと掴まれた手形が残ってはいたが時間と共に消えていった。次の日の朝 先輩達は帰って行ったがその後のエミさんの消息は 僕は知らない…先輩も気にしていたらしく、彼女さんと1ヵ月位してエミさんを、訪ねると部屋はもぬけの殻となっていて 全くの消息不明らしい…彼女さんと同じ大学らしいが大学にも顔を出していなかったらしい…
それから しばらくして 大学も辞めてしまったらしいし 病院に入ってしまったらしいとの話を聞かされた。僕は 半分以上の確率でそうなるんじゃないかとは 思っていた。おそらく 怪現象が止まった事を良い事にその当事者と話し合いをしなかったに違いない…まっそれも 又…仕方無い事に違い在りません。