色々な勉強会や集会に出たり
その他民主主義について
考えたり、読んだりした事を
まとめて綴り、民主主義勉強会という
テーマで括りました。
民主主義って何だろうと時々思います。
ありていに言えば、
民衆が自ら権力を握り
自分たちのために政治を行う事、
つまり自治を行う事を言うのでしょう。
民主主義であれば、
全ての民衆の思いが
すべからく
反映されるべきなのです。
ところがそれがなかなか難しいので
効率さを求め
代議制とか多数決などという制度が
「暫定的」に持ち込まれているのです。
ところが、
代議制(選挙)や多数決こそが
民主主義の根本であるかのように
扱われています。
代議員の中にはというか
かなり多くの輩が
権力を付与されたと勘違いしています。
権力の行使を委託されているに過ぎません。
数多の人々の
それぞれの異なった意見を集約し
意見をまとめていく
仕事を授かっただけなのです。
それを「先生」「先生」と呼ばれ
ふんぞりかえっているから
自分でも何が何やら
わからなくなってしまっているのでしょう。
多数決というのも
多いもん勝ちみたいになっています。
本来は
少数派の意見を尊重し
全ての民衆が暮らしやすくなるように
全体の意見を集約して行くことが根本であり
その過程の中に多数決があるのだと
思うのです。
少数派=マイノリティーの尊重こそ
民主主義の根っこにあるものだと
思うのです。
この少数派の尊重が
民主主義的人間の
最大課題だと思っています。
人には
異質なものにはすぐに馴染めない
性質がよく見られます。
他方「まれびと」思想のように
異質なものを受け入れていこうとする
風習もあります。
おそらくその2つの感覚を
自分の中で統一していくことが
民主主義的感覚なのではないかと
思うのです。
違和感のあるものを
自分の中に育ててその世界を広げることが
一種そういう修行みたいなものが
民主主義には必要な気がします。
少し日本的というか
「民主主義道」みたいな考えですが、
民主主義体制には
それに見合った人間性というか
意識のありようが
求められていると思います。
本来民主主義的人間性が
歴史の中で民衆の中に育って行き
結果として
民主主義体制ができてくるのだと
思うのです。
でも実際は社会の「うつわ」は
民主主義になりながら
自分自身も含め
人々の意識のありようが
それに追いついていません。
多くの代議員の中にも
そういう未成熟な意識の人が
あまりにも目立ちます。
自民党議員などは
民主主義とは真反対の立ち位置に
いるように見えます。
民主主義を取り戻すためには
自分自身がそういう精神性を
身につけないといけないのだと
思います。
マイノリティーとして主張し続けたり
あくまでもマイノリティーの側に立ち
社会を見つめる人達は
確かにいらっしゃいます。
そういう人達の主張は
ほとんど大手メディアでは取り上げられず
取り上げられても
目立たない所に置かれます。
それを発掘し自分の中に取り込み育む事は
一種の修行であるように見えます。
民主主義後進国であるわが国においては
そういう修行のようなものが
必要なのではと思うのです。