キドラの憂鬱と微笑 -40ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

おしどりケンマコさんの講演会は

時間が足りなく感じるほどでした。

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お話の中の一つのエピソードです。

昨年、ドイツへ取材旅行に行った時

ASSEという

放射能廃棄物処理場を見に行きました。

1960年代にできた古い処理場です。

塩鉱山の場所に作ったと言います。

60年当時は広く放射能廃棄物処理場は

塩鉱山の跡地が良いと言われていました。

岩盤も硬く、

浸水もないと言われていたからです。

ところが2000年代に入り

浸水がはじまり大変なことになりました。

ASSEは山の上にあったのですが

ふもとの水にプルトニウムが出だしました。

そしてふもと住民に

白血病や癌の人が出だしたのです。

ふもと住民には

放射能廃棄物処理場がある事を

知らされていなくて

国全体を巻き込む大変な問題になりました。

ドイツが原発を廃止する

1つの要因にもなったそうです。

で現在は、ふもとに出る汚染水を汲み上げ

穴をコンクリートで塞ぐ事しか

できていません。

そこでマコさんは

「今後、どういう道筋があるのか?」と

尋ねたそうです。

案内していたDr.インゲは

「良い質問です!」と言いました。

「いやぁ、それほどでも、」

と、そこで話は民主主義の話になります。

イ「民主主義って知っていますか?」

マ「もちろん」

民主主義の選挙の話になります。

インゲ博士は言います。

選挙は必ずしも 最良のシステムではない。

ドイツは選挙によってナチスのヒトラーを

生み出した。

愚かな民であれば愚かな代表を選ぶ。

それが民主主義の選挙です。

だから愚かな民であってはダメで、

自ら調べ、考え、

行動し、発言しなければならないのです。

だからあなたのように

研究者や政治家に答えを求めては

駄目なのです。

マコさんは、やられた!

と思ったそうです。

自分自身は声に出し、批判もしているが

自分自身で考えてはいなかったと

言っていました。

ここがマコさんの凄いところなのです。

おそらくマコさんほど日本の中で

調べ、考え、行動し、発言している人は

いないでしょう。

しかしこんな風な事を言われると

反省し自身を修正していくのです。

だからますますパワーアップするのです。

この講演会のサブタイトルは

「ハミガキするように社会の事を考えよう」

でした。

歯磨きしなければムシ歯になります。

ひとりひとりが

毎日社会について考え行動しなければ

この社会は腐っていくのだと思います。

知らない方の為に言うと、

おしどりケン・マコは

ヨシモトの芸人です。

それまで関西で活動していましたが

2011年の1月から

東京のヨシモトに移りました。

そして震災と原発事故に遭遇します。

周りの芸人やテレビ関係者は

東京を避難していながら、

報道では直ちに被害はありませんと

言い続けている事に疑問を持ち

何が一次資料かと考え

東電の記者会見を見るようになります。

会見は

当てられる人が決まっていて

最初から最後まで手を挙げていても

当てられない人がいるのに

気づいたといいます。

たまにそういう人に当たると

聞いてほしい事を聞いてくれます。

そこで当てられない人を応援する為

記者会見に

自分達も出るようになったという事です。

必ずしも東電の記者会見は

一次資料とは限らない、

そこから探らねばならないと

ぼくは受け取りました。

東電にも人事異動があり、

記者にも人事異動があります。

従って、現在の記者会見場では

おしどりケン・マコだけが

事故直後からの東電の対応を

見てきた人なのです。

ごまかしを東電が言えば

すかさず突っ込まれるのです。

今ではご意見番のような感じに

なっているらしいのです。

ぼくたちが思わなければならないのは、

おしどりがいなければ

東電にいいように騙されていのでは、

という事です。

マコさんは

医学部生理学科を3年で中退したとか。

チェルノブイリなどについても

キチンとした知識があることや、

性格的にデータを取るのが好きな事など

取材者としての資質はあります。

でもどんな人にも得意分野があり

アプローチする側面はあるのだと思います。

そういう観点を持ちながら

社会にアプローチする事が必要だと

教えられました。

何よりもまず一次資料にあたろうとする事

それが一次資料ではないかもしれないが

そういう原資料にあたろうとする意思が

現代では特に必要だと思います。

その意思を持てば

SNSなどに振り回されることは

多少は防げると思います。